VIRGIN HARLEY |  第3回 風我夢中サフサイクルエンジン開発秘話

第3回 風我夢中

  • 掲載日/ 2006年01月04日【サフサイクルエンジン開発秘話】
  • 執筆/佐々木 憲章
サフサイクルエンジン開発秘話の画像

完成するラムエアーシステム
その効果に興奮を抑えられなかった

永冶氏が開発した「ラムエアコントローラー」との衝撃的な出会いから、懸案だった混合気の制御問題がクリアになり、ついに「ラムエアーシステム」の実用化が始まりました。実用化へのスタートを切ってからも、ラム圧が強すぎるときにラム圧を逃がす「弁」の開発や、耐久性のテストなど、クリアすべき問題はまだまだありました。しかし「長年思い描いてきた『ラムエアーシステム』の完成は近い」それを感じながらの開発でしたので、疲れを感じることはなく、むしろゴールまで一歩一歩近づいている喜びを感じ充実した日々を送ることができました。そしてついに「ラムエアーシステム」を搭載した1台のハーレーが完成するのです。「スロットルを捻ると、ボアアップされたかのように力強く、捻れば捻るほど加速していく。しかも、不快な振動は鳴りを潜め、一発一発のエンジンの鼓動をよりくっきりと感じることができる」。

これは最初に走らせてみての感想です。あまりにスムーズにエンジンが回るため、ついスピードを出してしまうのに困ってしまうほど。私は興奮を抑えられませんでした。試しに、社員に乗せてみたところ、なかなか帰ってきません。「事故でも起こしたのか?」と心配していると、やっと帰ってきて「反則ですよ、コレは。ドーピングしたのか、と思うくらいに変わっているじゃないですか」と言うのです。「ドーピング」という表現が面白く、後で調べてみたところ、ヨーロッパでは「ドーピング」は「チューニング」と同じ意味で使用されているようでした。そこでHSCオリジナルのこの「ラムエアーシステム」を「ラムドーピング」と呼ぶことにしたのです。

深まる自信が
新しい挑戦を呼ぶ

いざ完成してみると、エンジニアの性でしょうか「ラムドーピング」がどこまでのポテンシャル秘めているのか、試してみたくなりました。もちろん、公道で試せるレベルではなかったため、1997年から「SSC」のオープンクラスにラムドーピングを搭載した「Buell S-1」で参戦することに。「1998年に優勝4回、1999年には優勝1回」という成果を挙げ、ラムドーピングへの自信はさらに深まりました。

しかし、スムーズに吹け上がりすぎるラムドーピングに対して「ハーレーはそこまで速くなくてもいいんじゃないの?」という声をいただくこともありました。ラムドーピング搭載車両は低速域も充分楽しめるエンジンだったのですが「高速域の快適さ、面白さ」がクローズアップされてしまっていたのです。確かに、ラムドーピングを搭載したハーレーに乗るお客さんは「飛ばし屋」が多かったのは事実でした。「高速域での余裕」に加えて「低速域の楽しさや面白さ」をオーナーに楽しんで頂くため、ラムドーピングにさらなる進化を遂げさせる…ラムドーピングを真に完成させるための最後の壁と向き合うことになったのです。

※SSCのオープンクラス:スポーツスター、ビューエルが競い合う「スポーツスターカップ」のクラスの一つ。オープンクラスは制限なく自由にカスタムされた車両で競われる。

旧車フィーリングで力強い
求め続けた理想の1台が実現

さらなる進化へのアイデアはすでにありました。そのアイデアとは、ラムドーピング搭載車両の「圧縮比を下げる」ことでした。バイクのエンジンチューンの世界では私のアイデアの逆、つまり「圧縮比を上げる」チューンが一般的です。バイクが誕生してから現代まで「圧縮比を上げる」ことがバイクの進化の歴史と言っても過言ではありません。

圧縮比が低い(=ローコンプレッション)バイクは低速での安定感が増し、まるで旧車のような、人に近いフィーリングが感じられるメリッ トがあります。これだけだと、ハーレーオーナーの方には魅力的に聞こえることでしょう。しかし、低圧縮比だと、爆発力が弱くなり、更に 負圧(バキューム)も弱くなり、エンジンが混合気を吸い込む力が弱く、充分な混合気が供給されなくなってしまうという問題があるのです。ただ、私の中に解決策はありました。「ラムドーピング」と組み合わせてやればどうか…と。エンジンが混合気を吸い込む力が弱くとも「ラムドーピング」の力で補ってやればいい。そうすれば力強さを失うことなく、低圧縮エンジンの「おいしいところ」だけを引き出してやれるのでは、と考えたわけです。低圧縮エンジンは、スナッチやノッキングもオーバーヒートも起こりにくいエンジンです。そのため、エンジンへの負担も少なく、旧車のようなフィーリングや力強いトルクは増す、まさに「いいこと尽くし」のエンジンです。

ラムドーピングに加え、エンジンの圧縮比を落とすこのチューンでオーナーさんの満足感(Satisfaction)はさらに高まる、ここから「ラムドーピング」+「エンジン低圧縮化」のチューンのことを「サフサイクルエンジン(SAF CYCLE ENJINE)」と名付けました。私が追い求めてきた理想のフィーリングを持つハーレーは、このサフサイクルエンジンの登場でついに完成を迎えることとなりました。

サフサイクルエンジンはラムドーピングとローコンプエンジンを組み合わせることで、その真価を発揮するエンジンです。この2つの組み合わせで一体どのような乗り味になるのでしょうか。実際のオーナーさんを例にご紹介しましょう。「特にエンジンのリズムが、人間的でたまらなく気持ちいいです。例えば、5速 1200~2100回転(50~80km)くらいでも、スナッチやノッキングもなく安定し、強い鼓動を刻みます。そこからアクセルを開ければ、余裕のある穏やかな力強さで愛車は足を速めてくれる。他の人から見ればお気楽バイクと思われるかもしれませんが、現代の国産車のように『アクセルを常に開けなきゃイケナイ!』という義務感も無く、楽しく、安全に付き合えます。HSCさんには本当に感謝しています。ラムドーピング+ローコンプは低中高速のそれぞれに「おいしさ」がある。スゴイですね」。こんな嬉しい言葉をいただいています。

※スナッチ:極低速時にエンジンがガクガクと揺れる現象。シフトダウンしたくなるチェンジタイミング時に起こります。

最後に

かつて、数多くの私より優秀な技術者がラムエアーシステムに注目していました。しかし、ラムエアーシステムの製品化に成功した方は一握りです。一体なぜ、私は「ラムドーピング」を、「サフサイクルエンジン」を完成することができたのでしょうか。

振り返って考えてみると、一つ思い当たることがあります。それは「ブレなかった」ことではなかったか、と。バイクをチューニングするには多くの方法論があります。カムや、キャブレター、マフラーなど。きっと、どの方法論でも自らが思い描く理想のバイクに辿り着けることでしょう。しかし「あれもこれも」といろんなモノに手を出していていたのでは、なかなか目指すゴールに辿り着くことはできません。

私は他の手法も取り入れつつも、常に「ラムエアーの利用」のことを軸に据え、これまでやってきました。その苦難の時間があったからこそ、多くの方から協力を得られ、ここまで辿り着けたのだと思います。「YOSIMURA」のおやじさんがチューンした「SL250S」。あのバイクに乗って感じた「衝撃的なフィーリング」。それはサフサイクルエンジンの完成で、ついにこの手で造り出せるようになりました。私が追い求めたハーレーの完成形は今ここにあるのです。

プロフィール
佐々木 憲章

54歳。過去には「HONDA」の2輪サービス部門に勤めながら、プライベートでレースに参戦した経験を持ち、ハーレーに関わらず、オートバイ業界に幅広い人脈を持つ。現在は静岡県沼津市にて「ビューエル」の正規ディーラー「HSC」を経営する。ハーレー、ビューエルを数多く販売、チューンした経験から、技術には定評があり多くのライダーから信頼を集める。

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