VIRGIN HARLEY | 只野 利浩(VIBES発行人) インタビュー

只野 利浩(VIBES発行人)

  • 掲載日/2005年09月09日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

ハーレー乗りが何を考えているのか、どんな人が日本にいるのか
VIBESは14年間「人」にこだわり続けてきました

今回ご紹介させていただくのはハーレーダビッドソンライフマガジン「VIBES」発行人の 只野 利浩さんだ。VIBES創刊号が発行されてからすでに14年になる。その間、多くのハーレー乗りやイベントを紹介し、今の日本のハーレーシーンに大きな影響を及ぼしてきた。ハーレーに憧れ、ハーレーに乗る人が増えたのも、日本各地でこれほどミーティングが盛んになったのもその多くがVIBESの功績だといえるだろう。実は私もVIBESと出会い、ハーレーにたどり着いた一人だ。只野さんはどんな想いでVIBESを創刊したのか、日本のバイカーに何を伝えたくてVIBESを発行し続けているのか、についてお聞きしてきた。

Interview

遠くまで旅がしたい
そんな自分に一番合うバイクがハーレーでした

ー只野さんは昔からハーレーに憧れていたのでしょうか?

只野●私は昔から何がなんでもハーレーに乗ろうと思っていたわけではありません。子供の頃から徒歩や自転車で旅をしていましたが、遠くまで旅がしたくてバイクに乗りたくなり、いろんなバイクに乗ってみて旅に一番合ったバイクがハーレーだったんです。何かに憧れて乗り始めたわけではなく、バイクが好きで、その中でもハーレーが一番好き、それだけだったんですよ。学生の頃からアルバイトでお金を貯めては日本中を放浪するような人間で。そうやってバイクで旅を続けるうちに「将来もバイクに関わる仕事がしたい」と思い、バイク雑誌の仕事をするようになりました。

ーバイク雑誌の仕事と言ってもなかなか見つけるのは大変だったのでは?

只野●それまで日本中を旅して撮り貯めた写真を持ち「バイク雑誌で僕を使ってください」と出版社に売り込みに回りました。編集の仕事は空きがなかったのですが「広告の仕事をやらないか」と声をかけてもらえまして。しばらく広告の営業を経験してから編集の仕事に移り、雑誌作りのイロハを学びました。

ーハーレーを買ったのはバイク雑誌の仕事をするようになってからだったのでしょうか。

只野●そうですね。たまたま広告でお付き合いがあったショップから中古車の82年式のFXRS(スーパーグライド)を買いました。雑誌の取材でハーレーの広報車を運転したことがあり、その力強さと何とも言えない独特のフィーリングに惹かれ買おうという気持ちになりました。ハーレーだとたくさん荷物を積めますし、旅をするのにも一番楽しそうなバイクでしたから。ただ、大きな買い物だったので、悩みましたが。

ーレーサーレプリカ全盛の頃ですね。ハーレーを買うときに周りの方から何か言われませんでしたか?

只野●編集仲間からは「何であんな壊れるバイクを買うの? 馬鹿じゃないの」と言われましたよ。でも、レーサーレプリカだと荷物もあまり積めませんし、あの前傾姿勢は疲れますから。「旅をするならハーレー」と思っていましたので、周りの声は気になりませんでした。

ーハーレーに詳しい仲間が周りにいて、その影響でハーレーを買ったのではないのでしょうか。

只野●ハーレーに乗っている知り合いは一人もいませんでした。もともと誰かと一緒に走るのは好きではなかったですから。一人でハーレーに乗っているときにハーレー乗りの集団に出会うと「嫌だなぁ、早く通り過ぎて欲しいなぁ」と思っていたくらいです。

ーでは、旅も一人旅だったのでしょうか。

只野●昔から一人旅ばかりでしたね。旅先で仲間と一緒にワイワイやる、それが苦手で。道で会った人には積極的に話しかけていましたし、自分と同じように一人旅をしている人と出会い、仲良くなるのは楽しかったのですが、誰かと一緒に旅をするのは好きになれなくて。でも、長く一人で旅をしていると寂しくなるときもありました。たまにユースホステルに飛び込んで、そういう輪に入ることもありました。「ワイワイうるせぇなぁ」と思いながらも、たまにそういう雰囲気を味わうことはありましたよ。

ミーティングでのバイカーとの出会い
それがVIBESの原点です

ーVIBESの創刊のきっかけについて教えていただけますか?

只野●私がハーレーに乗っていたので、ミーティングの取材を頼まれたことがありまして。それで生まれて初めてミーティングに行ったのがVIBES創刊のきっかけです。正直言って気乗りはしませんでしたが、仕事でしたから行くしかなくて。それが「ライジングサンズの多摩キャンプ」というミーティングでした。いざ、取材に行ったものの、なかなか参加者の輪の中に入れなくて。「遠くから写真を撮って、早く帰ろう」くらいの気持ちでいたんです。

そうしたら「一人で何やっているんだよ。こっちに来いよ」、「これ食いなよ」と声をかけてもらえて。自然にその人たちの輪に溶け込むことができました。「日本の中にこんな人たちがいるんだ。ハーレーに乗っていて、こんなに楽しい顔をする人たちがいるんだ。」と、ハーレー乗りに抱いていたそれまでのイメージを崩してくれました。そこで出会ったバイカーの人たちとはそれ以降も交流するようになり、バイカー同士のつながりの素晴らしさを知ることもできました。それまで積極的に関わろうとしていませんでしたが、ハーレー乗りの本当の姿を知ることができましたし、ミーティングの楽しさ、ミーティングでの出会いや素晴らしさ、を「ライジングサンズの多摩キャンプ」に参加して教えてもらいました。

ーそれまでは「ハーレー乗り」にどういうイメージを持っていたのですか?

只野●その頃ハーレーに乗っていた人は「ツッパっていて怖いイメージ」の人が多くて。「笑顔を見せるハーレー乗り」より「怖い顔をしてハーレーに乗る人」が多かったんです。私は旅をするためにハーレーに乗る、ヒッピーのような楽しみ方をしていたので「ハーレー乗りの人たちと自分は考え方が違うんだ」と勘違いしていたんですね。でも、そのミーティングで私が憧れていた「自由・旅」を愛する人は、実はたくさんいたことに気づいたんです。「ライジングサンズの多摩キャンプ」は私に衝撃を与えてくれましたね。VIBES創刊の原点になった取材でした。

ーなぜ、そういう世界があることに只野さんは気づかなかったのでしょうか?

只野●情報がありませんでしたから。それまでのバイク雑誌はカスタムバイクの特集しかありませんでした。ハーレーに乗っている人が何を考えているのか、どんなハーレー乗りが日本にいるのか、がわかる雑誌がなかったんです。ですから「ライジングサンズの多摩キャンプ」で私が味わったような感動を伝えるため「バイカーの本を創りたい」、そう思うようになりました。カスタムだけではなく、どんな人がオーナーなのか、その人はどんなことを考えているのか、そこを伝えたいと。人嫌いの私が「人」をテーマにした本を創りたくなったんです。ハーレーにはこんなに素晴らしい世界があること、こんな楽しみ方もあるんだということを多くの人に伝えたい、そう思ったんです。そんな時、ある出版社から「只野君、ハーレーに乗っているよね。実はハーレーの本を創りたいんだけど…」と声をかけていただいて。コンセプトから企画まで全面的に任せてもらって手がけたのがVIBES創刊号でした。

ーなぜVIBESという名前にしたのでしょうか?

只野●実は「ハーレーフリーク」という名前を出版社からは提案されていました。でも、そんな生優しい名前ではダメだと。私は物凄く意味のわからない名前を付けたくて。パッと見て「これは何の雑誌だろう」と目に止まるような雑誌を創りたいと考えていました。それで、どんな名前にしよう、とアメリカの俗語辞典を見ていたら「VIBES」という名前が目に留まって。直感的にこれしかない、と思いましたね。「VIBES」とは「VIBRATION」の俗語です。形容詞のVIBRANTという形容詞には「元気に脈打つ、鼓動する、力強い」という意味があり、動詞のVIBRATEには「感動する、わくわくする」という意味があります。「鼓動」「力」「感動」という意味を籠められた

ー初期のVIBESはどのくらいのペースで刊行していたのでしょうか。

只野●最初の頃のVIBESは不定期に発行していました。1号出して様子を見、次の号を出して…を繰り返し、4号を出すのに2年もかかりました。2号、3号と出すに連れ、売れ行きは悪くなり、4号目を最後に実はVIBESはなくなってしまいました。でも、手応えはあったんです。無理を聞いていただいて取材に協力してくれたショップや、車両の撮影にわざわざ仕事を休んで来てくれるハーレーオーナーの方もいてくれて。「こんな雑誌が出るのを待っていたんだよ」そういう声も聞こえてきました。VIBESを楽しみにしてくれている読者は少なかったですが、確実にいたんですよ。確実に!

ー一度なくなってしまったVIBESはどうやって復活したのでしょうか?

只野●「このまま続けていけば絶対に、絶対にカタチになるから」と発行元の出版社に何度も掛け合いましたがダメで。「じゃあ『VIBES』という名前だけは僕に使わせてください」とお願いをして、何とか名前を使う許可はもらえました。

ーよく許可が出ましたね。一度刊行した名前を他の出版社で発行する許可なんて普通はもらえませんよ。

只野●それは私もわかっていましたが、とにかく必死にお願いして、私の思いが伝わったんでしょうね。やっと育ち始めたばかりのVIBESを4号で終わらせるわけにはいきませんでしたから。VIBESという名前が使えなくなると、それまで協力してくれた方、楽しみに待ってくれている読者の方に申し訳がない、その思いで必死でした。

ー名前の使用許可をもらってから、他の出版社に企画を持ち込んで回ったのですね。

只野●ええ。もう一度VIBESを発行させてもらえる出版社を探し回りました。でも条件が合う出版社はなかなか見つかりませんでした。最初に勤めていた出版社が興味を持ってくれ、やっとVIBESは再出発できました。再出発してすぐの頃の売れ行きはよくありませんでしたが、やはり継続ですね、1年続き、2年続き…部数も増え、月刊化になり、もう14年目になります。

毎号が創刊号で、毎号が最終号
その思いでVIBESは創られています

ーVIBES創刊時から現在に渡って貫いてきたテーマ、スタイルなどはあるのでしょうか?

只野●基本はやはり「バイカー」であり「人間」です。たとえ、どんなにカッコいいチョッパーであっても、カッコ悪い人が乗っていると終わってしまいます。カッコいいバイカーがいて初めてカスタムが活きてくるわけです。人間の持っている鼓動(VIBES)とハーレーが持つ鼓動(VIBES)。その二つが一緒になって初めてカッコよくなる、と私は考えます。だからこそ、VIBESはバイカーの生き方、バイカーが何を考えているのか、バイカーのハーレーに対する・仲間に対する想い、を追い続けていきたい、と考えています。これは将来もきっと変わらない不変のテーマです。

ーVIBESが変わらないテーマを貫き続けてきたから、日本のハーレーシーンは大きく育ったのでしょう。日本のハーレーシーン、ハーレー文化と言ってもいいかもしれませんが、それはVIBESが育てたと言っても過言ではないでしょう。

只野●最近になってやっと日本の中でハーレーが「文化」になりつつあるのかな、と思いますがVIBESを創刊した頃には「文化」という言葉は怖くて使えませんでしたね。VIBESを創刊してからしばらくは「今はハーレーブーム」と言われていました。VIBESが伸びているのはブーム、ハーレーが売れているのもブーム、そう思われていたんです。「日本人は熱しやすく冷めやすいから、かつてのレーサーレプリカブームのようにブームが終わればハーレー人気も一気に落ちるだろう」そう言う人もいました。

最初は確かにブームだったかもしれません。でも私は「ブーム」で終わらせたくはなかった。じゃあどうすれば「流行」で終わらないのか、を考えてバイカーたちの姿を紹介して行こうと決めたんです。バイカーの人たちはいくら年月が経ち、時代がどれだけ変わろうとも、生き方は変わりません。そういう人たちの生き方をVIBESが伝えていくことで、ハーレーが時代に飲み込まれず、流行だけで終わらず、ハーレーが社会に定着していくだろうと考えたわけです。VIBESが不変のテーマを掲げ続けているのには意味があるんです。

ー変わらないテーマで、これだけ長く発行している雑誌となると、なかなか見当たりません。読者の人が飽きないよう、長く読んでもらえるように心がけていることはありますか?

只野●決して妥協せず誌面を創ること、ですね。編集の人間には「手を抜くな、毎号が創刊号で、毎号が最終号だと思って真剣に作れ」と嫌になるほど言い続けています。たった1ページであっても手を抜いてしまうと、もう読んでもらえなくなりますから。ずっと読んでくれていた方が一度VIBESを買わなくなってしまうと、なかなか戻ってきてもらえません。長く雑誌を読んでいると、そういう時期は当然出てくるものかもしれませんが、創り手の我々としては毎号を真剣勝負で創り、毎月読んでいただける本作りをしなければいけません。

ー私はバイク自体への興味が薄れてしまったことがあり、VIBESを買わなくなった時期がありました。でもハーレーに出会い、またVIBESを買うようになりVIBESのスタイルが変わっていなくて、安心したことがありましたね。

只野●「偉大なるマンネリズム」と言われることがありますが、いつ戻ってきても「VIBESは変わってないね」と安心できる本でありたいと考えています。「VIBESは変わってしまった」と言われるのは寂しいですから。事情があってハーレーを降りてしまった人、乗らなくなってしまった人がいつハーレーに戻ってきても、VIBESは変わらずそこにある、いつ戻ってきても楽しんでもらえる、そういう雑誌でありたいですね。いい意味で変化する、進歩していくことは当然必要で、その努力はもちろん怠っていません。しかし変えてはいけない部分は変えない、そのポリシーはこれからも貫いていきます。

ーそこまでの情熱を捧げ、月刊誌を発行していながら、年に一度「VIBESミーティング」を開催されていますね。準備にも時間がかかり、運営するのは本当に大変だと思います。ミーティングがVIBESの原点だから、毎年「VIBESミーティング」を開催し続けているのでしょうか?

只野●そもそもVIBESミーティングを始めたのは、創刊してから1年が経ち、スタッフや協力してくれた方を集めて慰労会をしよう、それがきっかけでした。当時はこのままVIBESが続いていくのかもわかりませんでしたから「どうせだったら、VIBESを読んでくれている読者の人にも来ていただいて」と誌面で呼びかけました。そうしたら160人もの人が集まってくれて。集まってくれた方たちと一緒にお酒を酌み交わし、夜通し話をして「ああ、VIBESを創刊してよかった」と1年を振り返って見ることができました。来てくれた方も皆楽しんでくれていましたので「来年もやるぞ」と。そうやって毎年場所を変え、開催していったのがVIBESミーティングです。読者同士が知り合って、楽しくお酒を飲んでいる姿を見ると「続けてきてよかったなぁ」と毎年思います。

ーVIBESを通じて「カスタムを楽しむ」だけではなく、「乗って楽しむ」、「出会って楽しむ」を知った方は多いでしょう。日本の各地でこれほどミーティングが盛んになったのはVIBESの影響が大きいのでは?

只野●ミーティングがすべてだとは思いませんし、肌に合わない人もいるでしょう。でも、ぜひ一度でいいですからミーティングには遊びにいって欲しいですね。「ハーレーがもっと楽しくなる場」がミーティングだと思いますから。もちろん、ただ遊びに行って遠目から眺めているのでは何も始まりません。積極的に周りの人に声をかけて欲しい、自分たちの仲間内で楽しむのではなく、例えば隣のテントの人に挨拶でいいから声をかけて、交流して欲しいと思っています。いろんなところで交わされる挨拶がつながって、仲間が広がっていくのがミーティングの素晴らしさですから。

ーミーティングは「怖そうな人たちが集まる」というイメージを持っている人もいますが。

只野●ミーティングをそういうイメージで見ている人は多いでしょうね。一度ミーティングに足を運んで、参加している方と話せばそのイメージはすぐ払拭されるはずです。みんな笑顔で迎えてくれますよ。VIBESも昔からアウトローの雑誌というイメージで見られてきました。そう思っている方にはぜひ中身をじっくりと読んでもらいたい、中を読んでもらえればVIBESはアウトロー雑誌ではないということがわかりますから。真面目なことをいっぱい書いていますから。それをわかっていただくために、勘違いされないために、私も他のスタッフも全国各地でいろんな方と話をしています。そうやってお互いに話をすることで、少しずつ誤解が解けたり、理解してもらえたり、そういう出会いを14年間少しずつ積み重ねてきました。誌面だけでなくそういう草の根の活動があって、今のVIBESがあるわけです。雑誌だから、取材だからと偉そうにせず、読者の人と同じ立場で、同じバイカーとして、みんなと同じようにテントを張って、同じ飯を食べ、一緒にお酒を酌み交わす、そして同じ目線で話を聞かせてもらう。スタッフ全員がそうやって動くことでVIBESが本当に伝えたいことが理解されていくわけです。

ー見た目だけでなく中身を見て欲しい、ということですね。

只野●掲載されている人は怖そうに見える人もいるでしょう。しかし、雰囲気だけで判断せず、文章をちゃんと読んでみてください。タトゥーが入っていて、長い髪で髭も生えていて、外見はアウトローに見えるかもしれないけれど、人に迷惑はかけず、こんなにカッコよく生きているんだよ、実はこんな真面目なことを考えているんだよ、こんないいことを言っているんだよ、と紹介していますから。VIBESは読者の人に何かを押し付けているわけでもありません。こういう人がいる、こんな考え方の人がいる、VIBES編集部はこう思う、そこまでしか書いていません。記事を読んで感動するのか、自分とは違うと判断するのか、そこは皆さんに考えていただきたい、そう思っています。

ー好きで乗り始めたハーレーとは言え、そこまで情熱や時間を割いてしまうとハーレーが嫌になることはないのでしょうか。

只野●バイクに乗ること、旅をすることが仕事になってしまい、企画も浮かばず、何にもできなくなった時期はありました。遊ぶためならいろんなことも思いつくでしょうけれど、ずっとハーレーを仕事にしていると、何が楽しくて、何が楽しくないのかがわからなくなり行き詰まってしまうことがあったんです。一番好きなハーレーを仕事にしてしまったので、一番嫌なこともハーレーになってしまって。

どれほど楽しい仕事でも嫌なことは当然ありますよね。一番好きだったハーレーの世界にも嫌なことが出てきてしまうんです。趣味の世界であれば楽しいことだけを見ていればいいのでしょうけれど、仕事ですから悪いことも受け入れなければいけません。それに耐えられなくなったことが何度もありました。

ーどうやって克服したのでしょうか?

只野●「今やめていいのか?」と自分に何度も自問自答し、仕事を続けました。親しいバイカーたちに相談したこともあります。あるバイカーから「オマエの悩みなんてちっぽけで、そんなことでVIBESをやめてしまうのか。そんなことを吹き飛ばすくらい大勢のバイカーがVIBESを愛して、VIBESが出るのを楽しみにしているんだぞ」と言われました。その言葉で答えが出ましたね「やめるわけにはいかない」と。克服したというより、結局はやめなかったというだけです。バイカーたちの笑顔と、気持ちよく走る姿を見ていたらやめられるわけがないですよね。私の苦しい思いを支えてくれたのは読者であり、やっぱりバイカーたちだったんですよ。支えられる度に私自身がVIBESという本にのめり込んでいったんです。

プロフィール
只野 利浩
44歳。幼少の頃から徒歩や自転車で旅を続け、もっと遠くまで、とバイクの旅に目覚める。旅に一番合うバイクということでハーレーに出会い、出会ったバイカーの魅力を伝えるためVIBESを創刊し、現在は発行人を務める。FXRS、FLT、FLHの3台のショヘルヘッドを所有。

Interviewer Column

今回のインタビューは極めて個人的な興味で取材させていただいた。ハーレーに興味を持ち、私が最初に買ったハーレー誌はVIBESだった。VIBESを読みながら「いつかはハーレー」という気持ちを高ぶらせてきた。VIBESで紹介されるハーレーオーナーの記事や読者ページを読みながら、いつの間にか「いつかはハーレー」が「もうすぐハーレー」に変わり、気が付けば「今すぐハーレー」になりハーレーを買ってしまった。カスタムハーレーだけを見ていても「今すぐほしい」とはきっと思わなかっただろう。ハーレーオーナーの笑顔を見て、ハーレーの魅力を語る記事を読み、ハーレーの世界に飛び込んできた。なぜ私はこれほどハーレーに惹かれたのか、なぜVIBESを読み続けているのか、只野さんにお会いしてVIBESへのこだわりをお聞きすることで、その疑問が解けた。モノではなく人、そのこだわりに心を動かされて私はハーレーにたどり着いたのだろう。(ターミー)

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