VIRGIN HARLEY | 池田 伸(HOTBIKE Japan編集長) インタビュー

池田 伸(HOTBIKE Japan編集長)

  • 掲載日/2005年09月20日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

「バイク乗りの血」が目覚める
HOTBIKEがそのきっかけになれば嬉しい

今回ご紹介するのは「HOTBIKE Japan(以下、HOTBIKE)」編集長 池田 伸さんだ。スポーツスターでの長きに渡るレース活動や海外取材、はたまたハーレーの世界とは一味違う「旅学」の編集長を務めるなど、その活躍は幅広い。「VIBES」と双璧をなす歴史を持つHOTBIKEはいかなる経緯で創刊に至ったのか、HOTBIKEを通じて日本のハーレー乗りに何を伝えようとしているのか、をじっくりとお聞きしてきた。ハーレーに限らず、オートバイはなぜこうも我々を惹きつけるのか、池田さん独自の考えもお聞きし、非常に興味深いインタビューになった。HOTBIKE流ハーレー観について、じっくりと堪能していただきたい。

Interview

4速スポーツスターとの出会い
そこから泥沼に入りこんでしまいました

ー池田さんが出版業界に入った経緯から教えていただけますか。

池田●昔からずっと文章を書くことが好きだったから、出版業界に入りたいな、と思っていたんです。でも、どこでもよかったわけじゃなくて、スポーツ関係かバイク関係、どちらかの本を発行しているところだけを受けて、この業界に入ってきました。今はもうなくなってしまいましたが「サイクルワールド」という雑誌から僕の編集生活はスタートしました。サイクルワールドにはオートバイの旧車インプレッションをするコーナーがあったのですが、僕はそこを担当させてもらいまして。国産車だけじゃなく、世界のキラ星のような名車を生で見ることができる。バイク好きには堪らない仕事でしたね。

ー初めて経験する編集という仕事に不安はなかったのですか?

池田●ガムシャラに働いていたので、そんなことを考える暇もありませんでしたね。旧車インプレッションはその後の自分に大きな影響を与えてくれた企画でした。旧車インプレッションを執筆していたのが、残念ながらもう亡くなってしまった小野勝司さんという方で。小野さんは誌面のクオリティに厳しい方でしたが、特に写真のクオリティについてのこだわりは尋常ではありませんでした。バイク雑誌のレベルではなく、どんなジャンルでも通用する写真のクオリティ、そこにこだわりを持っていた方でした。小野さんについて学んだおかげで今のHOTBIKEの写真のクオリティがあるんだと思います。小野さんが編集長として「クラブマン」創刊に携わる際に、私も編集スタッフとして呼んでいただけることになって彼に編集の何たるかをイチから鍛えてもらいました。

ークラブマンの編集時代にハーレーと出会ったとお聞きしましたが。

池田●クラブマンの企画で何度かハーレーを特集したことがあったのですが、ビックツインを何度か取材したくらいで、最初はハーレーにはあまり興味を持てませんでした。でも86年にエボリューションスポーツスターが発表されて。衝撃が走るくらいカッコよく見えましたね。当時はドカティに乗っていたんですが、下取りに出しちゃって86年式の4速スポーツスターを買ったんですよ。

ーMOTOSPORTSのスポーツスターに出会って、人生を踏み間違えたと(笑)。

池田●借金してでもカスタムにお金をつぎ込んでいましたたから。今はもう借金はなくなりましたが、昔は自己破産寸前までいきました。なかなか借金って減らないものなんです。返しても返しても、少しずつしか減っていかない(笑)。でも、借金をしてでも若いときにいろんなモノを経験できてよかった、今はそう思います。借金してパーツを買って、自分のバイクをイジって。スポーツスターのエンジンなんて何十回自分でバラシたのか・・・バラすうちにどんどん手馴れていきましたよ。そういう経験があってエンジンのことがよくわかるようになり、お店の人と対等に話せるようになり、引き出せる話が変わってきました。借金をして、経験と知識を買う、そういう意味では借金は財産になったと言えるかもしれません。

ーなるほど。しかし、当時はスポーツスターの人気はなく、カスタムするにもパーツを手に入れるのが難しかったのでは?

池田●誰からもスポーツスターが注目されていない時代でしたから、情報は何にもありませんでした。だから海外取材に行ったとき、向こうでパーツを買ってきて、日本にパーツを持ち込んでは少しずつ自分のスポーツスターをイジっていきました。

ービックツインに興味が移ることはありませんでしたか?

池田●最初はまったく興味がなかったですね。今でこそ、僕もチョッパーに乗っていますが、昔はチョッパーなんて全然好きではなくて。昔、「Touch The Power of HarleyDavidson」という本を出したことがあるんですけれどね。その中で「ハーレー乗りこなし講座」という企画があったのですが、裸でロングフォークのハーレーに乗っているハーレー乗りの絵や、FLのポリススタイルのハーレーに乗った親父の絵をイラストレーターさんに描いてもらって「こんなハーレー乗りはダメだよ」という意図でイラストに大きく「×」って書いてもらったことがあります(笑)。昔は「いかにも」なハーレー乗りやビックツインはあまり興味がなかったんですよ。僕にとっては「ハーレー=スポーツスター」でしたから。

ービックツインに興味を持ち始めたのはいつ頃からなのでしょうか?

池田●スポーツスターをイジりすぎて、レース仕様にしちゃって公道で走れなくなった頃ですね。スポーツスターにハマっていくウチに「ハーレーって意外に面白いかも」と思い出しまして。たまたまMOTOSPORTSさんに80年式のFLの出物があり、それが初めてのビックツインでした。

ー「スポーツスターが好き」から「ハーレーが好き」へと広がり、それがHOTBIKE創刊につながったわけですね?

池田●クラブマンの取材でアメリカに行ったとき、アメリカの「HOTBIKE」編集部に遊びに行ったことがきっかけでしたね。アメリカのHOTBIKE編集長と話していたときに「アメリカにはこれだけたくさんのハーレー雑誌があるんだ」と教えてもらって。「日本でこれをやったら面白いかも」と思ったんです。僕もハーレーが好きだったから、日本に帰ってきてから早速企画を出し、92年にHOTBIKEが創刊されました。

雨が降れば濡れ、夏は暑く、冬は寒い
辛い乗り物ですが、そこに究極の楽しみがある

ー創刊号を拝見したことがありますが、日本独自の企画が多いな、とちょっと驚きました。HOTBIKE Japanと名づけ創刊したからにはアメリカのHOTBIKEと記事の交流あるんじゃないかと思ったのですが?

池田●最初の頃は毎号少しだけ記事の交流はありましたが、ほとんどは独自に取材をして作っていました。アメリカのHOTBIKEは何度か発行元が変わったこともあって、だんだん関係が薄くなってしまい、今ではほとんど交流はありません。

ー私はまだ海外取材に行ったことがなく、HOTBIKEの海外記事はいつも羨ましく見ています。海外取材をすべて自分たちで行うのは言葉の壁もあって大変なのでは?

池田●最初は苦労しましたね。まともに英語がしゃべれなかったから、あらかじめ英語で質問を考えてノートに書いていました。せっかく相手が答えてくれても何を言っているのかわからなくて、わかった振りをして「…OK。ネクスト クエスチョン」みたいなこともありましたね。何度もそんな経験をするうちに日常会話程度ならしゃべれるようになり、今は会話には苦労しないくらいにはなりました。取材で人と会い、いろんなところを旅して、それが自分を変えてくれたのでしょう。僕はもともと人見知りだったんですが、人と会うことで今はキャラクターも変わってしまいましたよ。

ー池田さんも人見知りだったのですか。この業界の方は「昔は人見知りで」という方が多いですね。

池田●もともと人見知りだった上に体育会系で育ったので、ちょっと年上の人だと敬語でしか話せませんでした。だからでしょうね、僕がバイクでの旅が好きになったのは。一人で走っていると誰とも話さなくてもいい、夜は一人でテントを張って寝ればいい、ただバイクで走るだけ、バイクとのそういう付き合い方が楽しくてね。30過ぎたくらいからですよ、人と話すのが苦手でなくなったのは。この仕事が僕を変えてくれたのかもしれない。

ー「変わりたい」と意識して自分を変えたのでしょうか?

池田●全然。別にコンプレックスだとは思っていたわけじゃないですから。ただガムシャラに本作りに励むうち、知らず知らずに自分が変わっていった、そういう感じですね。「こんな自分になりたい」そう思って努力したわけではないのですが、気が付いたら「なりたかった自分」に近づいていたんです。どれだけ目の前の仕事に没頭できるのか、それが仕事の質、自分の質の向上につながるんでしょう。もう亡くなってしまいましたが、高名なドラッグレーサーのジム・マックルーアというお爺さんにお会いしたことがあります。高齢になっても常にトップクラスで闘っていた方です。

「なぜそれだけ長くトップに君臨できるのでしょう」と聞いたら「俺が一番長くハーレーのことを考えているからだ」と言うわけです。朝起きてから夜寝るまで、ずっとハーレーのことを考えている。寝ているときも夢の中でハーレーのことを考えている。24時間ハーレー。誰よりも長くハーレーのことを考えている。「だから俺がトップなんだ」。好きなことだけに没頭して生きている人は、日本人よりアメリカ人に多い気がします。好きなことだけに地道に取り組む、だから驚くほど独創的なモノが生まれてくるのでしょう。

ーきっと「バイカー」と呼ばれる人たちも、好きなことに地道な方々なのでしょうね。

池田●そうかもしれません。アメリカでいうバイカーは「人生すべてバイク」、「バイク=ハーレー」そういう人たちです。他に趣味があるわけではなく、バイクとブラザーのことだけを考えて生きている、それがアウトローバイカーやオールドバイカーと言われる人たちです。そういう人に会ってしまうと「自分はバイカー」だなんて言えなくなってしまいました。僕はゴルフこそやらないけれど、オシャレも好き、スキーも好き、ラジコンを飛ばすのも好き、好きなことだらけです。

「自分はバイカーではなく、バイク好きなんだなぁ」と思い知らされました。「バイカー」と「バイク好き」その差は大きいですよ。日本でもたまに「ああ、この人はバイカーだな」と思う人には出会えます。バイカーって何なのでしょうね。決してファッションではない、カッコだけ真似てもバイカーではない。うまく表現できませんが、私が会ったバイカーはどんなときにカメラを向けても絵になる、どう撮ってもサマになる、そんな人たちでした。バイクに乗り続けてきた歴史と生き方、ライフスタイルの中心にバイクがあって、そんな雰囲気を纏っているのでしょう。

ー永くバイクに乗り、距離を重ねることで身に付くものがある、ということでしょうか。

池田●別にみんなバイカーになろう、と言っているわけではないですよ。ただ、ハーレーをファッションにして欲しくないんです。もっと走ることを大事にして欲しい。バイクの本質は走ることですから。カッコいいバイクで走りたい、だからカスタムをする。トラブルなく走りたい、だからメカをいじるのでしょう。カスタムもメンテナンスもすべて「走る」ための手段です。走りたいという衝動がなく、ただカッコいいバイクを造りたい、それで終わってしまうのは何か違います。カスタムやメンテナンス、というのは「走る」ためのスタート地点に過ぎません。極論ですが、カスタムやメンテナンスはお金で買えてしまいます。

「こんなバイクにしてください」とお金を持ってショップに自分のハーレーを持っていけば、何もしなくてもカッコいいバイクはできてしまう。もちろんカスタムするお金を貯めるのは大変です。でも、そこに究極の楽しみはありません。走ることはお金では買えない、自分で時間を見つけて、バイクを引っ張り出して、エンジンをかけて、走る楽しみがどれほど貴重なものか。バイクは辛い乗り物ですよね。雨が降ったら濡れる、夏は本当に暑い、冬は指がちぎれそうなほど寒い。「バイクで走るのは爽やかで、気持ち良さそうね」なんてたまに言われますが、全然そんなことはありません。でも、そんな辛さの中にこそ究極の楽しみがあるんだと思う。そうやって走ることを積み重ねて、「サマ」になってくるんでしょう。少しでも多くの人にそこに辿り着いて欲しい。

ー自分のハーレーで距離を重ね、バイクの本質を楽しんで欲しい、ということですね?

池田●本当の意味でバイクにハマってしまった人は、バイクを降りることはできないでしょう。アメリカで出会ったあるバイカーが言っていました。「俺たちみたいな連中は、血管の中にオートバイが流れているんだ」、「生まれ変わっても俺たちはバイクに乗っているだろう」。その気持ちはよくわかります。血の濃い、薄いは当然あるでしょうが「血」にバイク流れている人が増えて欲しい。「血」が流れていない人は飽きがくると、バイクを降りてしまうでしょう。

でも少しでもいいから「バイクを降りられない人」が増えて欲しい。どんな排気量でもいいからバイクは手元に置いておきたい、そんな人が増えて欲しいと思います。「バイク乗りの血」に偶然のきっかけで目覚める人もいるでしょう。その血に気づかず一生が終わる人もいるでしょう。その血が濃くなりすぎて人生を棒に振ってしまう人もいるでしょう(笑)。HOTBIKEは「バイク乗りの血」に目覚める、「血」が濃くなるきっかけになればいい、そう思っています。

プロフィール
池田 伸
43歳。サイクルワールド誌「クラブマン」誌を経てハーレーに出会い「HOTBIKE JAPAN」創刊に携わる。その活躍はハーレー世界に止まらず旅人による旅人のためのマガジン「旅学」の編集人も務めるマルチエディター。バイクで、徒歩で世界を旅する男。

Interviewer Column

HOTBIKEの池田さんは独特の雰囲気の方だった。うまく文章で表現できないのがもどかしいが、「バイク」「ハーレー」というジャンルだけでなく「生き方」についての哲学を持っていた。我々は「HOTBIKE JAPAN」という雑誌を通じてそれを垣間見ることができるが、池田さんが編集人を勤める「旅学」などの雑誌においても伝えたいことは同じだった。生きることとは一体なんなのだろう、ハーレーを通じて、旅を通じて、池田さんはそれを考え続けているのか。気さくなしゃべり口調の中にも、池田さんの深さを少し見せていただいた気がする(ターミー)。

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