VIRGIN HARLEY | 後藤 新一郎(パンヘッドヘブンズサロン) インタビュー

後藤 新一郎(パンヘッドヘブンズサロン)

  • 掲載日/2005年11月26日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

コーヒーも、お酒も、旨いメシもある
そんなモーターサイクルカフェが欲しかった

今回ご紹介するのは大阪府大阪市の「THE PANHEAD’S HEAVEN SALOON」オーナー 後藤 新一郎さんだ。2004年3月のOPEN以来、後藤さんのお店には多くのバイク乗りが訪れてきた。後藤さんの陽気な人柄とボリュームのある5インチバーガーを目当てに、多くのハーレー乗りが日夜集まってくるという。そんな後藤さんの経歴は非常に面白く、なんと15年間アメリカに滞在していたことがあるという。後藤さんはなぜ、アメリカに渡ることになったのか、長年住んでみてアメリカとはどういう国だったのか、帰国し「THE PANHEAD’S HEAVEN SALOON」を開いたのはなぜなのか、じっくりとお話を伺った。

Interview

初めて渡ったニューヨークでは
ハーレーを見かける機会は少なかったなぁ

ー後藤さんは20歳のときにハーレーを買ったとお伺いました。当時、20歳のハーレーオーナーなんていなかったでしょう。

後藤●「イージーライダー」や「ヴァニシングポイント」みたいなバイカーズムービーに影響されて、どうしても欲しくなったんです。当時はローンなんてなかったので、母親に頼み込んでお金を借りました。もちろん、ちゃんと借用書を書いて、利子もつけて毎月母親に返済していましたけどね。当時は大学生でしたが、大阪南港の食料埠頭で小麦粉運びをやったり、道路整備の仕事をしたり、必死になって働いてお金を返していました。一度、ハーレーでコケてしまったことがあって、修理代を払ったら母親にお金を返せなくなってしまい、母親にハーレーを売られそうになったことがあります(笑)。

ー当時、何に乗っていたのでしょうか。

後藤●1979年式のローライダーです。買ってすぐに、見よう見まねでカスタムをし始めて原型はなくなってしまいましたけど。当時「ハーレーのカスタム」というとデコトラのように飾り立てるのが普通でしたから、パーツを外していくチョッパー系のカスタムに乗っている人はいなくて。僕のローライダーを人に見せると「あぁ…せっかくのハーレーをこんな風にしちゃって」と言われましたね。

ー後藤さんが渡米することになったのは、ひょっとしてハーレーに出会ったからなのでしょうか。

後藤●いえ、写真の勉強をするためです。僕は芸大の写真学科に在籍していて、卒業後にどうしてもアメリカで勉強したかったんです。渡米費用が高かったので、自分のハーレーを売って旅費を工面しました。

ーどんな写真を撮っていたのでしょう? やはりハーレーの写真なのでしょうか?

後藤●ハーレーは思い入れがありすぎて被写体にはできませんでした。僕にとって、被写体は作品のための「素材」でした。その「素材」を組み合わせて「合成写真」のようなアートを創っていました。写真を切り貼りしたり、写真にエアスプレーで絵を描いたり、そうやって作品を製作していました。ですから、自分に近いパーソナルなモノ、思い入れがありすぎるモノは客観的に見ることができず、被写体にはできませんでした。だから、ハーレーの写真はほとんど撮った記憶はありませんね。

ー「被写体を客観的に見る」そういう写真の撮り方もあるのですね。ファインダー越しに被写体に情熱を注ぎ込む、そういう写真を撮る方ばかりだと思っていました。

後藤●「写真」の撮り方はさまざまです。人それぞれ、写真を撮る動機も違えば、撮り方も違います。ですから、カメラマンによって写真の表情が変わるわけです。被写体を「パーツ」として見て「何と組み合わせるとイメージ通りの作品になるのか」を想像しながら撮るのが僕の撮り方でした。

ー写真をもっと学びたくて、後藤さんはアメリカに渡ったわけですが、アメリカは「ハーレーの本場」でもありますよね。渡米してハーレーを見かける機会は増えましたか。

後藤●意外なことに、街でバイクを見かけることはあまりありませんでした。実は、アメリカでは街でバイクを見かけることってあまりないんです。車文化の国ですし、ましてや僕が住んでいたのは寒い冬が来るニューヨークでしたから。それでも、たまにバイクを見かけることはありましたが、ほとんど日本車やBMWばかりで、ハーレーはまず見かけませんでした。「何でアメリカなのにハーレーは走ってないの?」と僕も最初は驚きましたけど、当時はアメリカでもハーレーは人気がない時代だったんですね。

ーハーレーを見る機会は少ないとはいえ、後藤さんは一度日本でハーレー熱に火がついているわけですよね。アメリカでハーレーに乗りたいと思いませんでしたか?

後藤●渡米してしばらくして一台のパンヘッドを買いました。バイク好きの仲間3人とお金を出し合って、1959年式のパンヘッドをね。たまたま一緒にパンヘッドを買った仲間の父親がお金持ちで、ニューヨークにビルを持っていたんです。その縁でビルの地下駐車場の物置を使わせてもらって、そこにパンヘッドをしまっていました。

ーアメリカではバイクを仲間とシェアするのは当たり前なのでしょうか?
お互い乗りたい日が重なると大変なのでは?

後藤●家のシェアは当たり前ですが、さすがにバイクのシェアは珍しいです。ですが、1人で買うには当時の僕たちには高価な買い物でしたから。僕らは休みが大抵違っていたので、パンヘッドが取り合いになることは滅多にありませんでした。乗りたい日が重なってしまうときは、ポーカーで勝負して決めていましたね。

ーそのパンヘッドも…やはりカスタムしてしまったのでしょうか。

後藤●何度もバラバラになっていました。僕はほとんど触りませんでしたが、仲間の一人にメカ狂いがいて。エンジンを降ろしたり、キャブをバラしたり、いつも何かやっていました。その仲間はBMWしか知らないくせに自分で何でもやってしまうヤツでね。素人がイジるものだから、キャブレターから火を噴いたり、走行中にいきなりハンドルポストが外れたり、『よく死ななかったなぁ』と思うトラブルもありました。

いつもどこかをイジっているから、自分が乗る前の日には「明日までに組んでおけよ」って連絡しないとダメだったりして。ある日、朝パンヘッドを取りに行ったら「パンヘッド、組み上げておいたよ。1本ボルトが余っているんだけど気にしないで」ってメモが置いてあって(笑)。それは結局冗談だったんだけど、バラした部品がどこについていたのかわからなくなることは本当にありましたよ。

ーそれは問題ですね(笑)。でも、アメリカでは自分でバイクをイジる人は珍しくないらしいですね。

後藤●「Do it yourself = 自分でやる」の精神です。ハーレーに限らず、何でもその精神でした。「国土が広い国ですから、何か壊れても修理できるお店が近くにない」なんて珍しくないんです。アメリカのホームセンターに行ったらきっと驚きますよ。「自分で家を建てるキット」まで売っています。面白い国ですよ、アメリカは。

「おっさん」が気軽に遊びに行けるカフェ
そんなカフェを創りたかった

ー後藤さんは15年もアメリカに住んでいたわけですが、プロの写真家としてアメリカに住んでいたのでしょうか。

後藤●写真で生活していたわけじゃありません。日本レストランで寿司を握ったり、イタリア料理店で働いたり、日本人学校のスクールバスの運転手をしたり、日中は別の仕事をして生活していました。作品は仕事が終わってから創っていましたね。働くのは好きだったから、そんな生活も苦にはなりませんでしたけどね。

ーニューヨークに住む人たちはどんな気質の人が多いのでしょう。大都会の住人ですとドライなイメージがあるのですが。

後藤●「ニューヨーカーはドライだ」とよく聞きますが、そんなことはありませんでした。自分から相手の懐に飛び込んでいける人には過ごしやすい街だと思いますよ。僕は同じアパートの住人とも仲が良かったですし、安くて旨いご飯屋もたくさんありましたから、ニューヨークが嫌になったことはありませんね。

ーでは、なぜ気に入っていたニューヨークを離れ日本でお店をやろうと思ったのでしょうか。

後藤●実はアメリカに永住しようと、98年に市民権を取る手続きを始めていたんです。でもそのときに母親が倒れてしまって。母親は日本で美容室を何軒か経営していたので、僕が帰国しなければいけなくなったんです。慣れ親しんだニューヨークを離れるのは残念でしたけれど、母親の会社の経営状態がよくなくて、会社の整理を僕がやらなければいけませんでしたから。帰国してから会社の整理を始めましたが長い時間がかかり大変でした。やっとすべて片付いて、先のことをゆっくり考える余裕を持てるようになってからですね。自分のお店をやろう考えはじめたのは。

ーなぜ、飲食店をやろうと思ったのでしょうか。

後藤●飲食業は好きだったから前々からやりたかったんです。それに、僕みたいな「おっさん」がバイクに乗って気軽にコーヒーを飲みに行くことができるカフェが近くにあったらいいな、とずっと思っていました。気軽に遊びに行ってコーヒーが飲めて、お腹が空いたら腹いっぱいご飯を食べることができる、そんなお店が欲しいな、と。そう思って「THE PANHEAD’S HEAVEN SALOON」をOPENさせようと思ったんです。もともと料理するのは嫌いじゃなかったし、人と話すのも大好きでしたから。

ー2004年の春にOPENして、もうしばらく経ちましたが「お店を始めてよかった」と思うことはありましたか?

後藤●バイクでやってきたお客さんがのんびりとコーヒーを飲んでいる姿を見ると、嬉しいですね。お店でお客さん同士が仲良くなって、一緒に走りに行くこともあります。そういう出会いの場になっているのも嬉しいかな。天気がいい日にはウチのお店で待ち合わせをしてツーリングに出かけていく人もいて、そういうときはちょっと羨ましくなって「お昼から天気が悪くなったらエエねん」と思うこともありますけど(笑)。

ーハーレーに乗ってやってくるお客さんを見ていると走りに行きたくなるでしょうね。お店が終わってから走りに行くこともあるのでは?

後藤●閉店後に急いで片付けをして、ハーレーを引っ張りだして走りに行くことはあります。店内にパンヘッドとビューエルを置いているので、いつでも走りに行けるんですが…最近はそんな時間がなかなか取れないのがちょっと残念ですね。でも、片付けを済ませて、カウンターで飲みながら自分のハーレーを見ているのも気分がいいモノですよ。

プロフィール
後藤 新一郎
46歳。1961年式FLHを所有。20歳のときショベルヘッドに、渡米後にはアメリカでパンヘッドを愛車にしていたという。15年間ニューヨークで生活した後帰国。帰国後は大阪市内でモーターサイクルカフェ「THE PANHEAD’S HEAVEN SALOON」を営む。

Interviewer Column

初めて「THE PANHEAD’S HEAVEN SALOON」に遊びにきたのは、私がまだ東京に住んでいた頃、夏に関西に帰省したときだった。5インチバーガーが旨くて、仕事で無理やり大阪出張を作ってはここに遊びに来ていたのが懐かしい。後藤さんがインタビューで言うようにバイク乗りがフラっと遊びに行ける「モーターサイクルカフェ」はなかなか見つからない、ここ以外にも全国各地にいくつか「モーターサイクルカフェ」があるのを知っているけれど、どこのお店もバイク乗りのオアシスのような居心地の良さがある。朝から晩まで走るのもいいけれど、バイクに乗ってちょっとコーヒーを飲みに行く、そんな余裕もたまにはいいものだ。(ターミー)

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