VIRGIN HARLEY | 足立 理(道ばた侍) インタビュー

足立 理(道ばた侍)

  • 掲載日/2008年10月11日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

度重なる路上でのトラブル
「道ばた侍」誕生秘話

北海道のミーティングに行ったら必ず目にするのが「旅人村(※)」と「道ばた侍」のロゴ入りウエア。道ばた侍はいわゆるモーターサイクルクラブ(以下、MC)ではないけど、道内ではMC的存在に見られている。その北のハーレー乗りの、長のひとりとしてグループを牽引するのが今回紹介する足立さんだ。もともとは貧乏な(失礼)、スケボー好きのいちハーレー乗りだったが、その人柄の良さと特徴ある容姿から道内で顔が広くなり、多くの人から慕われるようになった。ボサボサの髪の毛とモジャモジャの髭と、狸のように膨らんだオナカが小柄な背丈と共にキャラを濃くする。道ばた侍を立ち上げた足立さんの、そのドタバタの遍歴を聞いてみた。

※旅人村(“ダビッドソン”と読む。北海道稚内にあるライダーハウスで、ハーレーに乗るオーナーが運営する。ハーレーで北海道を旅する人たちが多く立ち寄る。)

Interview

親父に勧められたスケートボードが
僕とチョッパーを出会わせてくれた

ー小さい時からスケボーが大好きだったとお聞きしましたが?

足立●ウチの小学校では、冬の間は体育の授業は全部スキーだったんです。そうしたら親父が、「スキーのトレーニングとしてスケートボードがイイんじゃねえか」って勧めてくれました。そういうわけで小学校4年生の時から、近所のスケートボードショップに出入りするようになったんです。

ーすごいですね、まわりの小学生でスケボーをする人はいなかったのでは?

足立●友達はそのショップには行っちゃダメ、と親に言われていたようです。だから僕は大学生とか高校生とばっかり遊ぶようになりました。今考えると、よく相手にしてもらえたと思います。だから同級生とは遊ばない、ませたガキだったんです。僕は兄弟もいないし、親は2人とも働いていたというのもあったでしょうね。

ー高校生とか大学生の人たちがお兄さんみたいな感じになっていたとか?

足立●そうですね。服装とか、見ている雑誌などで影響を受けました。だから、同世代の子たちとは話が合わなかったですね。マンガの話とかをされても、興味がなかったんです。音楽も、大学生の人たちが聴いていたビージーズとかアースウィンド&ファイヤー、レインボーやストーンズなどを聴いていました。そんな影響も受けつつ、とにかくスケートボードが大好きで、中学高校とずっとやっていました。

ーバイクに興味を持ちだしたきっかけは何だったのでしょう。

足立●出入りしていたショップに、サーフマガジンなどと一緒にアメリカのイージーライダースマガジンがあったんですよ。それを小学生の時から見ていたんです。ハーレーのチョッパーを見て「あぁスゲエなぁ」って。

ーアメリカンバイクにはいつ頃から乗り出したのですか?

足立●19か20の時にHONDAの「REBEL」が出たんですよ。ハーレーに似ていたから「うわっ格好イイ」と。それですぐに手に入れてカスタムを始めました。イージーライダースマガジンを見ながら、ただ「車高を低くしたい…」、「フォークを長くしたい」って。

ーどんなカスタムをしたのですか?

足立●フロントもリアもリジッドです。インナーチューブの代わりに径の合ったボッコ(鉄パイプ)を差し込んでガムテープで止めて、ホイールもガムテープで止めていました。だから、フロントブレーキは付けられないから外し、リアはリジッドにしたかったけどリジッドバーなんて近くで売ってなかったし、買えなかったからメガネレンチで代用(笑)。そんな車体にエイプハンドルを着けて乗っていました。

ー……そのカスタムの善し悪しはさておき、その頃から自分で触るのが好きだったんですか?

足立●もともと自分でやるのは好きだったんですけど、何でもガシャガシャやっちゃって、バイク屋さんが見てくれなくなったのがきっかけでした。だから、自分でやるしかなかったんですよ。バイク屋さんはオイル交換もしてくれないし、お店に乗ってくるなって言われるし。警察にも止められました。誰も相手にしてくれないんです。友達も「何やってんの?」って感じでしたよ(笑)。

ーなぜハーレーに乗ろうとはしなかったんですか?

足立●金銭的な面と、敷居が高いっていうのがありました。特に札幌は当時ディーラーが1件しかなくて、そこの敷居が高くて…。高嶺の花じゃないけど、自分が踏み込んではいけないところだなって意識があったんですよ。ハーレーを乗っている人たちと売っている人の敷居の高さがプレッシャーになっていたような気がします。

ーでは、実際に初めてハーレーショップに言った時のことを聞かせてください。

足立●札幌にもう1つディーラーができたんです。それでカミさんと「行ってみようか」って。でも、大きな企業に面接に行くようなもので緊張しました(笑)。行ってみると、結構フランクに話ができたんですけど。まだ自分に自信がなかったんでしょうね。当日ショップに行ってからも、「ホントに自分が買っていいいだべか」って思っていましたから。

ーすぐに購入したんでしょうか?

足立●最初は「見るだけ」と思っていたんですけど、実際見てしまうとやっぱり欲しくなってくるんですよね。その頃は転職したばかりでローンは組めないと思っていたのですが「頭金60万入れてくれたら、なんとか査定通りますよ」と言われて。で、彼女からお金借りて、1998年式 FXDを新車で買っちゃいました(笑)。

ー念願のハーレーを手に入れた時の印象を覚えていますか?

足立●全てのタイミングが合ったって感じでしたね。免許をとって、仕事を変え、入りやすいディーラーもでき、年齢も30になって。ホントいろんなタイミングが良かったんだと思います。そんなときにハーレーを手に入れて、ついに1つステージを上げたって気持ちがありましたね。

今のパンヘッドは理想のハーレー
コンパクトながら鼓動間に溢れています

ー初めてのミーティングを教えて下さい。

足立●VIBESミーティングが青森であると聞いて、行ってみたんです。「なんだこのハーレーの数は、とびっくりしましたね。それまでオープン(1次ドライブオープンベルト)なんて見たことはないし、ショベルだってまともに見たのは初めて。そんなのがいっぱいいました。雨が降っている中、テント無しで雨に濡れながら寝袋だけで寝ている人がいっぱいいて。「なんだコイツら…。スゲエな」と、思いました。

ーそれほど衝撃だった、と。

足立●それまではミーティングには興味がなくて、たまに2~3人で走るくらいだったんです。でも、あれだけのハーレーを見て、いろんな人と話し、すごく楽しかったですね。ハーレーの楽しみ方がガラリと変わり、道内のミーティングにもよく行くようになりました。同時にハーレーもカスタムしちゃおうって、またREBELのときのようなことを始めちゃったんです(笑)。

ーもしかして、また手作り?

足立●コフィンタンクにヘッドライトはタテ目の2灯。ロボハンにしてフォーク伸ばして…売っているところを知らなかったから全部近所で作ってもらいました。後から聞いたんですが、「札幌に変なヤツがいる。ダイナの変なカタチのヤツがいる」と、言われていたみたいです(笑)。でも、だんだんショベルが欲しくなってきて、FXDには3年くらい乗ってショベルに乗り換えました。

ーそのショベルの調子はどうでした?

足立●ホント、トラブってばかりで…。最初はバルブがひん曲がり、いきなりドーンって煙を吐いて止まりました。その後は、ヘッドボルトが抜けたのが2回、オープンにしてベルトが切れたこともありました。イジって壊すのを繰り返していましたね。

ー壊れてばかりで嫌になりませんでしたか?

足立●それが全然気にならないんです。トラブルの度に、ニヤニヤしていたんですよ。みんなに「大丈夫?」って言われても笑顔でいました。走っているときに、道ばたでトラブっては自分で直して仲間を追っかける…そのうちに誰かに「道ばた侍」って言われるようになったんです。

ーもしかして、それが道ばた侍の始まり…?

足立●そうです。もともと洒落からはじまったんですよ。2002年だったかな、ふざけて「バイクとまれど高楊枝、なんとかなるべ」ってプリントしてあるTシャツを作ったんです。「武士は食わねど高楊枝」って言葉があるじゃないですか、それをモジったんです。そうしたら、そのTシャツをみんなが着てくれて。そのとき僕には背負っているカラー(MCの看板を背負っていること)があったけど、Tシャツを着てくれたみんなにもカラーがあって。「そんな中でもみんなで集まって遊べたら面白いよね」って話になり、「じゃあ道ばた侍を屋号にして遊ぼう」ということになりました。

ー道ばた侍は、MCではないんですか?

足立●違いますね。コミュニティっていう言い方でも間違いじゃないけど、今は絆っぽくなっているかな。長く付き合って行きたいから何でも言い合って、それでも一緒につるんでいろんなことを思ったり、考えたりしていける仲間のための屋号っていう感じです。

ーMCだと思っている人も多そうですね。

足立●道内の人間からは「道ばたの連中」って言われているんで、MCみたいに思われているでしょう。でも、もともとはMCの枠を越えて、みんなで遊ぶためのものだったんですけれどね。今はバイクを通して、家族ぐるみで付き合っています。嫌なことも楽しいことも全部含めて、ある程度の距離感を持ちながら楽しんでいける繋がりっていうか…こう言葉にしてみるとMCっぽいですね(笑)。メンバーは道内がほとんどですけど、九州とか全国にもいて全部で50人位います。

ー話は変わりますが、今のパンヘッド(以下、パン)はいつ頃から乗っているのでしょう?

足立●知り合いがパンに乗っていたんです。そのパンは関西のショップでチューニングとカスタムをしたやつで凄く気になっていました。ある時に冗談半分で「もし手放したい時がきたら売ってね」なんて話をしていたら、1週間後に「売ります」って。それで僕の手元にやってきたんです。

ーなぜ、このパンヘッドが良かったんですか?

足立●すごいコンパクトなのに排気量が大きい、しかもリジッドフレーム。買うって言う前に、1回乗らしてもらったんですよ。それが自分の思い描いていた通りのハーレーだったんです。ガッガッガッガッってお尻を叩かれるような、一発一発の爆発がお尻にくるような感じ。それで声をかけてもらったときにはすぐに「買う」って言いました。

ーやっぱりカスタムバイクが好きなんですね。

足立●自分の思い描くイメージってある訳じゃないですか。ツルシ(ノーマルのこと)で「グッドコンディションです」っていうのに乗るのは、今の僕にはないんですよ。やっぱりどこかにイージーライダースマガジンを見ていた頃の影響がありますね。小さい時に見ていたチョッパー。あの時に見ていた写真だったり映像だったりは、僕が思い描く理想に近いモノなのかもしれません。今のパンには大満足しています。だからアレを売る気はないし、アレが最後だと思っています。

ー奥さんもパンヘッドに乗っているんですよね。

足立●そうなんです。僕が買ってすぐに、ヨメも「私もホントはパンが好きだ」と言いまして。それで少しするとイイ出物があったから手に入れましたが、すぐに子供ができちゃいました。だから結局まだ、2人でパンで出掛けたのは1回だけなんです(笑)。

プロフィール
足立 理
41歳、北海道札幌市在住。発売と同時に購入したHONDAレブルをベースにハンドメイドでチョッパーを製作、その馬鹿さ加減から地元では有名に。’98年にFXDを購入後、ショベル、パンと乗り継ぐ。「道ばた侍」発起人、RIDING PARANOIA / MC所属

Interviewer Column

ずいぶんと前から付き合いがある足立さんだが、「道ばた侍」のことは正確には理解していなかったのが正直なところ。今回のインタビューを通じて、足立さんの過去まで根ほり葉ほり聞いてしまったが、ヨソには見せない、重ねてきたその生活と努力には感涙するほどだ。貧しさゆえに小学校の時から始めた新聞配達。その小銭が生んだのはスケートボードだけではなく、多くの人達に慕われる「道ばた侍」の足立オサムを創りあげた。小柄な背丈で、スーサイドクラッチの1600ccパンチョッパーを操る姿は、今や道内では有名。「道ばた侍」と「ジャンクライド(美唄市)」で主催する「VIVAミーティング」も2回開催を終え、来年に向けて心機一転。来シーズンからは、40を越えて授かった愛息と共に全道を走りまわるのだろう…奥様がパンで、旦那はクルマで同行ですね!

文・写真/佐々木孔一朗

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