VIRGIN HARLEY |  松村 友章(紫雲クラフトワークス)インタビュー

松村 友章(紫雲クラフトワークス)

  • 掲載日/ 2006年04月24日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

1台でも多くのChopperを世に送り出す
昔も今もそう思っています

今回ご紹介するのは兵庫県篠山市「紫雲クラフトワークス」代表、松村友章さんだ。確かな技術でオリジナリティのあるChopperを製作し、他のショップからも高い評価を得ている。今回、松村さんにインタビューをお願いしたのは、2006年8月に兵庫県神戸市で「Chopper Show」の企画に携わっているという話を耳にしたからだ。カスタムショーは関東での開催が中心で「関西でもイベントがあればいいのに」と思っていたので、私の地元神戸でショーが開催されるのが非常に嬉しかった。松村さんが企画に携わる「New Order Chopper Show in KOBE」とはいったいどういったコンセプトで企画されたのか、なぜ「Chopper Show」なのか、そこをお聞きしてきた。

Interview

エンジンがモーターになっても
カスタムバイクを造り続けますよ

ー高校3年生のときに初めてのハーレーを手に入れたとか。

松村●ショベルヘッドのワイドグライドですね。当時、ガソリンスタンドでアルバイトをしていましたから、ローンは自分で払っていました。それまでは『Kawasaki』のバイクに乗っていましたが、小さい頃に映画で見た「Chopper」に憧れがあって…。「ノーマルでもChopperみたいでカッコエエなぁ」と思っていたワイドグライドを手に入れました。高校生でお金はありませんでしたが、自分でいい加減なカスタムし、1年ほど乗っていましたね。

ー1年で降りてしまったのですか?

松村●10代の最後が近づいて、ふと「アメリカをハーレーで旅したいな」と思いついて、旅費を捻出するために売ってしまったんです。高校卒業後に車の整備工場に勤めて貯めたお金と、ハーレーを売って作ったお金を元にロスアンゼルスに渡りました。ロスで手頃なショベルのFLHを見つけて、そのFLHでアメリカを2ヶ月かけてグルッと1周したんですよ。

ーまたショベルヘッドを買ったんですか。お好きですね(笑)。

松村●当時はエボよりショベルの方が安く買えましたからね。あまりいい状態のものではなかったのでアメリカを一周の間は結構トラブルには遭いましたけど。ショップにお世話になったり、自分で対処したりしていましたが、ニューヨークを走っている頃には異音が酷く、白煙を噴いていました。でも、せっかくの旅でしたから「コイツで行けるところまで行ってみるか」と腹を括り、何とかロスまで帰り着くことができました。ロスについたときにはもうほとんど壊れていましたね。

ーそのFLHは今の松村さんの愛車なんですよね。

松村●壊れかけでしたけれど、日本では手に入れられないような値段で買えましたから、日本に持って帰り、直して乗ろうと思いまして。今はもう当時ついていたパーツは見る影もありませんけれど、一応ずっと同じハーレーに乗っていることになりますね。

ー日本に戻り、ハーレーのカスタムショップに勤められたとお聞きしましたが、それはアメリカを旅したことが影響しているのでしょうか。

松村●旅の影響ではないですね。FLHに何かトラブルがあると行き着けのカスタムショップに遊びに行って、教えてもらいながら自分で直してたんですよ。そうしたら「ウチで働かへんか?」と誘ってもらえまして。アメリカから帰ってきて無職のままフラフラしてましたから、お世話になることにしたんです。

ー「いずれ自分でショップをやる」そんな計画があって勤めたのでしょうか。

松村●当時は独立するなんていう気持ちはありませんでした。でも、僕は本当にバイク好きだから、仕事は楽しかったです。ショベルヘッドからエボリューションまで、新車も中古車も数えられないくらい触わることができました。どこのショップも造らないようなカスタムバイクやChopperを、お客さんと話をしながら自分の手で造ることができたのはいい経験でした。

ー自分でショップをやりたいと思ったのはいつ頃なのでしょうか?

松村●前のお店を辞めてしばらくしてから。きっかけは不純な動機からでした。「自分のハーレーを触るスペースが欲しい、ついでに工具も旋盤も…塗装スペースも欲しい」そうなるともうショップをやるしかありませんよね。そんな風に思い出したのがきっかけで2000年に「紫雲クラフトワークス」を立ち上げました。動機は不純でしたけれど「ショップをやるからには…」と覚悟は並々ならぬものでした。「将来バイクがモーターで動くようになったとしても、バイクがあり続ける限りカスタムし続けてやる」ってね。

ーショップは、はじめた当初から順調でしたか?

松村●はじめてすぐは楽ではありませんでしたが、嬉しいことにショップをはじめる前から山口県のお客さんからカスタムのオーダーを頂いてましてね。面識はない方でしたが、雑誌で僕が造ったカスタムバイクを見てわざわざ兵庫県までトラックにハーレーを積んで持ってきてくれたんです。最初のお客さんが僕の感性を買ってくたんだ、そう思うと嬉しかったですね。

でも、当時はカスタムショップが増えはじめた頃で「俺はこんなカスタムバイクが造れるんやぞ」と周りに証明しないとなかなか注目してもらえなかったのも事実。だから、ショップをはじめた年のクールブレーカーにカスタムバイクを出展し、積極的に自分の造ったカスタムを発表してお客さんに少しずつPRしていきました。その効果かどうか、おかげさまでなんとかお店は順調にいってます。

Chopperはジャンルでは括れない
1台1台が新しいものですから

ー2006年8月に神戸の「COREMACHINE」さん、「Silver Smith FIN」さんと一緒に「New Order Chopper Showin KOBE」を企画されていますが、このショーを開催するきっかけを教えていただけますか。

松村●英車Chopperを造る「CORE MACHINE」の清水、シルバーアイテムを製作する「Silver Smith FIN」の河村とは前から知り合いで、2004年の『横浜ホットロッドショー』では一台のトラックに3人で乗って出展していました。ショーが終わり3人でトラックに乗って話ながら帰っていたとき「関東のショップは会場が近くてエエなぁ。関西でもショーがあったらエエのにね」みたいな話をしたんです。2005年の横浜ホットロッドショーの帰りもまた3人で帰っているときに同じ話になって「誰もやらないなら、俺らでやるしかないか」と。そこから「New Order Chopper Show in KOBE」企画はスタートしました。

ーショーの意義は今までインドアショーがなかった関西でショーを行うということでしょうか。

松村●一番の意義は「Chopper Showであること」です。日本ではカスタムハーレーショーやHOT RODショーはありますがChopperだけのインドアショーは今までありませんでした。Chopperというと「曲がれない、走らない」など極端なイメージを持つ人が多いですから、全国のショップが造る思い思いのChopperに集まってもらい、Chopperフリークだけではなく、今までChopperを見たことがない人にも見てもらう場を用意できれば、と思っています。

ー今までショーがなかった関西で開催されるのも意義があると思いますよ。

松村●関西は「Chopper不毛の地」と言われ続けてきましたから、敢えてChopper乗りが少ない地域で開催するのも意味はあるでしょうね。最近でこそ大阪を中心にショップも増え、元気になってきましたが、それでも街でChopperを見かけることは滅多にありませんから。

ーなぜ関西にはChopperが少ないのでしょうか。

松村●関東や中部に比べるとショップが少ないからなのでは? もっと関西にもChopperを造るカスタムショップが増えてもいいのに、と思いますね。お客さんを食い合うとかの次元ではなく、確かな技術を持ったショップが増えて、お互いにレベルを競い合って盛り上げていけたらいいですね。「関西でChopperやっていても食えない」と東に出ていくこともできますけれど、ショップが協力して地域を盛り上げていきたい、そう思っています。

ー松村さんはアメリカのカスタムショーを見に渡米したり、2005年は出展までしたりと生のアメリカをご存知ですが、アメリカではChopperの認知度は高いですか。

松村●TVの影響が大きいですが、アメリカではバイクに乗らない人もChopperの存在くらいは知っています。でも、日本ではChopperを見たことがない、存在すら知らない人がまだまだ多い。僕は死ぬまでに1台でも多くのChopperを世に送り出したいと思っていますが、僕一人の力では限界があります。「世の中にはChopperという乗り物がある」というのを知ってもらうため、レベルの高いChopperに数多く集まってもらい、Chopperの世界を底上げしたいですね。

ー難しい質問で申し訳ありませんが、Chopperの定義とは何でしょうか?

松村●僕の中ではコレというChopperのルールはありますが、それを人に伝えようと思ったことはありません。フォークを伸ばせばChopperという単純なことではないでしょう。100台のChopperが集まれば100通りのChopper があるでしょうし。何かの物まねではなく「自分で考えて造った、誰も見たことがないようなカッコいいバイク」であればそれはChopperだと思いますよ。最近、雑誌などを見ると『Old School』 や『New School』、などChopperにもいろんなジャンルがあるように書いていますが「何それ?」と僕は思っています。「Chopperに新しいも旧いもあるの?」と。Chopperは1台1台が違うものですから、ジャンルで括るなんて意味がありません。Chopper Showを開催することで、そんなChopperへの理解が少しでも深まればいいな、と思いますね。

プロフィール
松村 友章
34歳。幼少よりChopperに憧れ、17歳で初めてのハーレーを手に入れる。カスタムビルダーを生業としてからは積極的にChopperを製作する。2005年にはアメリカのカスタムショー「AMD PRO SHOW」へ自らが製作したChopperを出展、海外からの評価も高い。

Interviewer Column

兵庫県篠山市は決して賑やかな街ではない。大都市から離れたのどかな町とChopperのイメージが最初は合致しなかったが、松村さんの口から語られるChopperへの情熱は熱いものだった。出版社もカスタムショップも関東に集中し、関東発で情報が語られることが多いけれど、関東から遠く離れた篠山市でこんなにも情熱を持ってChopperを製作する人がいる。同じ兵庫県に住む人間として嬉しくなった。情熱を持ってオリジナリティあるカスタムバイクを製作している人は地方にもまだまだいるはず。松村さんとお会いしたことで、まだまだ日本中を走らなければ…その思いを強く持つことができた(ターミー)。

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