VIRGIN HARLEY |  関口 友孝(モミアゲスピード モーターサイクルズ)インタビュー

関口 友孝(モミアゲスピード モーターサイクルズ)

  • 掲載日/ 2006年06月01日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

バイクでもっと走りたくなる環境作り
それがショップの役目だと思いませんか?

今回ご紹介させていただくのは広島県廿日市市の「モミアゲスピードモーターサイクルズ」オーナー 関口 友孝さんだ。モミアゲスピードは関口さんと、某有名ショップで修行を積んだメカニックの弟さんと2人が運営するお店。私自身は「モミアゲスピード」のOPEN前にご連絡をいただいて、その名を知った。奇抜なデザインのTシャツの販売をしたり、他メーカーのバイク販売店とコラボレーションしてイベントに出展したり…まだ若いショップだが、精力的に活動しその名前は次第に広がり始めている。2人とも神奈川県に長く住んでいたが、モミアゲスピードのOPENに際してなぜ故郷に戻ってきたのだろうか。近頃、地方ショップが元気な秘密がわかるかと思いその理由をお聞きしてきた。

Interview

弟がハーレーのメカニックだったから
安心してFXRとビューエルに乗れました

ー関口さんは10代の頃、パンクバンドをやっていてプロを目指していたとか。

関口●目指していた時期があった、と書いておいてください(笑)。デビューできたわけじゃありませんから。広島の高校を卒業後、上京してプロを目指していたんです。でも、全国から東京に集まってくるプロを目指す人たちのハングリーさと技術は自分の比じゃないな、と気づかされて。東京には1年半ほど住みましたが、音楽の道は諦めて広島に戻ってきました。

ー広島に戻ってきて、どうされていたのでしょうか。

関口●自分がやりたいことが、そのときは明確になかったので、ひとまず大学に入りました。ロクに授業に出ない学生でしたけれど、アルバイトで貯めたお金でSRを買い、バイクに乗り始めたんですね。

ー初めて乗るバイクはいかがでしたか?

関口●それほどバイクに夢中になっていたわけじゃありませんでしたね。昔から僕は放浪癖があるというか、仲間と一緒にあちこち出かけるのが好きで、バイクは遠くに行くための「足」、道具として乗り始めたんですよ。

ー関口さんがハーレーに出会ったのはいつ頃なのでしょうか。

関口●2度目の上京をしてから。たしか25歳くらいのときでしたね。広島でもショベルヘッドのFLHを買おうとしたことはあったのですが、そこはハーレー専門店ではなかったんですよ。お店の人にも「ウチではハーレーの面倒を見られません」と言われてね、ハーレーに乗るのが少し遅くなりました。

ー上京後にハーレーに出会ったきっかけは?

関口●大学を卒業し、しばらくトラック営業をやっていたんですよ。けれど、ふと「何か面白いことはないかなぁ」と思って仕事を辞め、横浜に住んでいた友達のところに転がり込んだんです。その友達というのが後々はスポーツスターカップに出場したくらいハーレー好きなヤツでね。ハーレーに詳しい人間が周りにいてくれましたし、横浜から少し足を伸ばせばハーレーショップはたくさんありましたから、FXRを手に入れました。

ーなぜ、FXRを?

関口●当時は不人気車で安かったというのもありますけれど、僕が始めて乗ったハーレーがFXRだったんですよ。まだ大学生でSRに乗っていた頃、東京に遊びにきたときに本牧埠頭でFXRを借りて乗ったことがあって。「なんじゃこの低速トルクは!」と感動したハーレーでした。FXRのスタイルも好きでしたから、迷わずFXRを選びました。手に入れてからは走り回りましたよ。普段のアルバイトの足として毎日乗っていましたが、休みになると仲間と伊豆や富士の河口湖の方まで、よく走りに行っていました。結局、そのFXRには10年ほど乗っていましたね。

ーどんなカスタムをしていたのでしょうか。

関口●ハンドル、マフラー、キャブレターを換えたくらいです。シートは自分で作ったものに換えていましたが、ノーマルに近い形でしたね。移動の足として、ほぼ毎日乗っていましたから、カスタムで長期間ショップに預けることができなかったんです。

ーショベルヘッドのような旧車には目は向きませんでしたか?

関口●横浜に住み始めて、途中からハーレーのメカニックになるため上京してきた弟と一緒に住み始めたのですが、弟がショベルのローライダーに乗っていて。弟が旧車を持っているんだから、と僕はスポーツバイクの方に目が向いたんです。FXRに加えてビューエルまで手に入れて遊んでいましたよ。

ーFXRとビューエル…2台も維持するのは大変だったでしょう。

関口●大きなトラブルはほとんどありませんでしたから、あまり苦労した記憶はありませんね。オイル交換や消耗品交換は自分でやっていましたし、壊れても弟がプロのメカニックでしたから「何とかなるだろう」と気楽に構えていました(笑)。結局、FXRは10年の間、オイル滲みもなくノントラブルでしたね。

ー弟さんはハーレーのメカニックで、関口さんも後々の独立に向けてハーレー絡みのお仕事をされていたのでしょうか?

関口●当時はまさか二人で『モミアゲスピード』を始めるなんて想像もしていませんでした。弟は「いずれ自分のショップを」という想いを持っていたようですが、僕はいろいろな仕事を転々としていました。5年くらい前、それまで自分が経験した仕事を数えたことがあったのですが30以上の仕事をしていて、自分でも驚きましたよ。僕は新しいことにチャレンジするのは好きで、あれこれ首を突っ込むんですけれど、すぐに別のことに興味が向いてしまう性格でして。今回のモミアゲスピードくらいですよ、ちゃんと続けられているのは(笑)。

一生を過ごしたい街はどこだろう?
そう考え、広島に戻ることに決めました

ーおふたりでショップをやろう、と決めたきっかけは何なのでしょう。

関口●3年ほど前に、僕が事故で3ヶ月ほど入院したことがありました。朝から晩まで働いて、そのまま翌朝まで仲間とお酒を呑んで…とかなり無茶な生活をしていたのが祟ったんでしょうね。さすがに僕も「いい機会だから今の仕事は辞め、自分でショップをやろうか」と考えはじめたんです。でも、僕はハーレーには乗っていたものの、メカニックの修行をしていたわけではありませんから、名の知れたショップで何年も働いて経験を積んでいた弟を巻き込んで、2人でショップをやることにしました。

ー「モミアゲスピード」という強烈な名前(笑)はどうやって決めたのでしょうか。

関口●ショップを始める前から「モミアゲスピード」という名前は2人の間では聞き慣れたものでした。10年以上もハーレーに乗っていると、いつも一緒に走るハーレー仲間が大勢いて。「せっかくだからチーム名でも付けようか」という話が出たことがあって。そのときに僕が提案した名前が「ヒゲバイク」と「モミアゲスピード」だったんですよ。仲間からは却下されましたが、弟と2人でステッカーを作ってハーレーに張っていたんです。ですから、ショップを始めるときは特に話し合うこともなく「モミアゲスピード」に決まりました。

ーインパクトの強い名前ですから、覚えやすいですね。

関口●インパクトもありますし、自分たちのスタイルが何となく伝わる名前だとも思っています。僕たちは革に身を包んでハーレーに乗る「ハードなスタイル」じゃなく、ラフな格好でハーレーを楽しむ方が性にあっています。ですから、ショップの名前も横文字でつけるのではなくて、ラフな雰囲気が伝わる名前がよかったんですよ。

ー気軽さを店名でも伝えたかったんですね。ところで、長年住んだ横浜周辺ではなく、なぜ広島に戻ってショップを始めたのでしょうか。関東でショップを始めた方がやりやすかったのでは?

関口●確かに、神奈川か東京でショップを始めた方がやりやすかったでしょう。広島にも知り合いは住んでいますけれど、みんなバイクは降りてしまっていましたからね。「60歳を過ぎた両親の側で仕事をした方がいいかな」というのと「一生、関東で暮らすのは向いていないかも」という理由で広島に戻ることにしたんですよ。ショップをOPENするからには2、3年でショップを畳むわけにはいきませんよね。自分たちを信頼してくれるお客さんがいるわけですから、一生お客さんの面倒を見るくらいの覚悟でOPENしないといけない。そう考えると長く住みたい場所でショップをOPENすべきかな、と思いまして。歳を取っても住みたい場所はやはり故郷の広島だったんですよ。

ーショップをOPENしてからは興味深いデザインのオリジナルTシャツを販売したり、近隣のバイクショップと『HB』というグループを立ち上げたり、精力的に動いていますね。「HB」とはどんなグループなのでしょうか。

関口●「H」は広島、「B」はバイクを意味しています。読み方は「エイチビー」でも「広島バイク」でも自由に読んでください。広島のメーカーを問わないバイクショップ、バイク乗り御用達のカフェが集まって「何か面白いことをやって、広島のバイクシーンを盛り上げよう」趣旨を持ったグループなんです。

ー広島はバイク乗りが多いというイメージがあるのですが、盛り上がっているエリアなのでは?

関口●若い頃はバイクに乗っていた、という人はたくさんいるのですが、バイクを卒業してしまう人もやはり多いですから。「これからバイクに乗る人」を増やすこと「昔バイクに乗っていた人」を呼び戻すことをHBでできればなぁ、と思いますね。あと、もうバイクを持っている人にももっと走る楽しさを伝えることができれば…とも考えています。

ーあまり距離を走らない人が多いのでしょうか?

関口●広島に戻ってきて、驚いたのですが年に3,000kmも走らない人がたくさんいます。「車社会だから」というのもあるのでしょうけれど「バイク乗りが集まる場所、イベントが少ない」のも原因なのでは、と思うんです。イベントがあるとたくさんのバイクが集まってくるのですが、普段バイク乗りが集まるカフェなどがほどんとなく、バイク乗り同士が出会える場所が少ない。一緒に走りにいく仲間ができたら、自然と走行距離は伸びるでしょうし、バイクに乗るのがもっと楽しくなるはず。今の広島にそういう環境がないのなら、用意してあげるのがショップの役目なのかな、と思っています。今は、HB加盟店が共同でイベントに出展し、その名前を知ってもらおうと活動していますが、いずれは加盟店が集まってオリジナルのイベントをやっていきたいな、と話をしています。

ーソロで走るのも楽しいですけれど、気の合う仲間と走るのもいいものですからね。そんな仲間を見つけられる「場」があるとバイクの楽しさも広がるでしょう。

関口●HBの活動だけではなく、「モミアゲスピード」のお店もそんな「場」になればいいな、と思います。ただ、ハーレーの修理やカスタムだけじゃなく、アパレルを置いたり、店頭でCDを販売したりしているのは、用事がなくてもお客さんが集まってきて、僕らが知らないところでお客さん同士が知り合って一緒に走りにいくようになって欲しいな、という願いがあるからです。ハーレーショップとしての敷居を低くして、誰でも入りやすくし、お店ではバイク好きの仲間が自然とできる…モミアゲスピードがそんな「場」になったら…嬉しいですね。せっかくバイクに興味を持ってくれた人に、日常的にバイクを楽しめる環境を提供してあげたい、そうすればバイクを楽しんでくれる人はもっと増えると思いますから。

プロフィール
関口 友孝
38歳。その特徴的なヒゲとモミアゲから“モミアゲロドリゲス1号”という愛称がつく、キャラクター立ちした人物。高校3年生のときから今まで“4回しか”ヒゲを剃ったことがないらしく、本人もヒゲのない自分の顔を思い出せないという噂がある。非常に陽気なショップオーナー。

Interviewer Column

モミアゲスピード。初めてその名前を聞いたときは「スゴイ名前を付けたものだなぁ」と驚いたけれど、ショップに出入りする知人を通じて、かなり手の込んだカスタムをすることを聞き及んでいた。今回のインタビューでじっくり話をお聞きしてみると、メカニック担当の弟さんは誰もが知る某有名店で経験を重ねたとか。敷居は低く、技術は高く、そのコントラストが面白い。毎月1度しかない休みの日は、お客さんとのツーリングに充てており「いつ休んでいるの?」と驚かされた。ハーレーショップは東京近郊に集中しているけれど、地方のショップにも元気なところはたくさんある。地域を盛り上げるために、日々自分の時間を犠牲にしコツコツと努力を重ねているショップはたくさんある。そんなショップの1つをこの目で見られたことが嬉しい。オリジナルTシャツを買い忘れたので、それを理由にまた遊びにいきますよ、関口さん(ターミー)。

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