VIRGIN HARLEY | 荒川 登(Lake Shore Customs) インタビュー

荒川 登(Lake Shore Customs)

  • 掲載日/2007年06月15日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

1つの作業にじっくり取り組む
それにはこの環境が最適なんです

山梨県河口湖畔。この地域には、なぜかハーレーショップが多い。決してハーレー人口が多い地域でもない。日本のハーレーシーンを築いた「モーターサイクルズ デン」をはじめ、実力のあるいくつかのカスタムショップが固まる地域だ。今回紹介する「レイクショアカスタムズ」荒川さんも、このエリアでカスタムショップを営む一人。温厚な笑顔で確かな仕事をこなす、知る人ぞ知るショップだ。長くモーターサイクルズ デンに勤め、そして同じ河口湖畔で自らのショップを構える。カスタムショップを営むには決して恵まれた地域ではないこの場所になぜ拘るのか。前々から不思議に思っていた疑問を解決するために話を伺ってきた。

Interview

デンの佐藤さんに憧れて
この世界に入ってきました

ー小さな頃からバイクは身近なモノだったとか。

荒川●父親は通勤で毎日バイクに乗っていましたし、兄もバイク乗りでしたから。当たり前のようにバイクがある環境でした。小さい頃は父親のバイクのタンクにしがみついて、よく河川敷に遊びに連れて行ってもらいましたね。今なら怒られちゃうでしょうけれど、のどかな時代でしたからね(笑)。

ーでは、バイクに乗るのは早かったのでしょうか。

荒川●中学生の頃はさすがにおおっぴらにはバイクに乗れませんから、仕方なく代わりにラジコンをチューニングして遊んでいました。高校に入ったらすぐに原付の免許をとって、自分や友達のバイクのチューニングの真似事をして遊んでいましたね。放課後に友達の家に遊びに行って「今日は最高速を伸ばすチューニングだ」ってキャブレターのベンチュリーを徹底的に磨いてね。ポート研磨をかけたつもりでした(笑)。それで幾らかでも最高速が伸びると思っていたんですねぇ。

ーバイク乗りのエリートコースですね(笑)。原付を卒業したのはいつ頃でしょう?

荒川●卒業してすぐに大きなバイクを…。と言いたいところですが、免許代も車両代もなかったもので、20歳頃までは上京して金型製作の仕事をしながら、バイクに乗るためにお金を貯めていました。

ー初めて手に入れたバイクは?

荒川●SR400です。1年くらいしか乗っていませんでしたけれど。

ー短いですね(笑)。

荒川●SRを買ったのは、大型の飛び込み試験を受けに行くためのアシにするためでしたから。ありがちな話ですが、イージーライダーなどの洋画に出てくるハーレーを見て「ハーレーに乗るぞ」って気持ちはとっくに固まっていたんです。仕事が休みの日に何度も試験場に通ってね。21歳のときかな、やっと大型免許を手に入れ、念願のハーレー79年式FLHを手に入れました。

ー早いハーレーデビューですね。なぜFLHを?

荒川●ハーレーに乗る前から、当時都内にあった「モーターサイクルズ デン(以下、デン)」に出入りしていてね。本当は欲しかったパンヘッドが、そこにあったんです。でも、若造すぎて売ってくれませんでした。売ってくれなかったんですが、スタッフの人とはなぜか仲は良かった(笑)。なので、FLHもカウルを取っ払ってストリップにすればカッコよくなることと教わって、手に入れたのがFLHでした。

ー手に入れていきなりカスタムをした、と。

荒川●外装を取っ払い、フロントを21インチホイールに換えてキックをつける。それでチョッパー気分を味わっていたんですよ。当時は今みたいにフロントフォークを伸ばすなんて、やっている人は少なかったですから。

ーFLHはトラブルもなく、調子は良かったんでしょうか。

荒川●お約束ですが、しばらく乗っていると白煙をモクモクと吹き始めました。2ストロークバイクみたいに、派手な白煙が上がっていましたよ(笑)。最初は「ハーレーなんてこんなモノ」と思おうとしましたが…。「さすがにコレはおかしいだろ? 不安なく気持ちよく乗りたい」とお金はありませんでしたが、エンジンをOHする覚悟を決めました。でも、予算が少なかったのでエンジンをバラすところまでは自分でやっちゃうことにしたんです。

ーメカの心得があったんですね。

荒川●それまでにエンジンをバラした経験はスーパーカブだけでした。その次がいきなりショベル(笑)。マニュアルもなく、誰に教わるわけでもない。どうバラしたのか、もう覚えていませんが、きっと手順は無茶苦茶だったはずです。いざエンジンをバラした後に不安になって…バラすだけバラして後はショップに持ち込みましたよ。

ーバイクいじりが根っから好きだった、と。

荒川●そう。不安なんですが、自分の手をオイルまみれにするのはやっぱり楽しい。自分がそうだから、お客さんが「自分でハーレーをバラしたい」と言えばある程度までやっていただいたりもします。まぁ、誰にでもススめませんけどね。

ー一部は自分が手がけてOHしたFLHは完調になりましたか。

荒川●最高でしたねぇ。「おお、こんなハーレーだったのか!」と、改めて気持ち良さにホレボレしました。たまにFLHで通勤していたんですが、あんまり天気がいい日だと遠回りして会社に行ったり、酷いときはそのまま遊びに行っちゃうこともあったりしました。仕事はある程度自由にやらしてもらっていましたし、徹夜続きの日もありましたから「ちょっとくらい遅れても構わないでしょ」ってね。

ーそこまでハーレーに夢中となれば夜も、休みの日もハーレーで走り回っていたんでしょうね。

荒川●歳が近いデンのスタッフと走りに行ったり、ショップのツーリングについて行ったり。そうするうちにデンの社長の佐藤さんと話す機会が増えたんです。もう亡くなってしまいましたが、社長は本当にカッコいい人でした。それまでハーレーは好きでしたが、ハーレー業界で働きたいとまでは考えていませんでした。でも、社長に出会って「この人のそばで働きたい」と思うようになったんです。僕から見たら、社長はまるで異世界の人に思えるくらいカッコいい人でした。

ーそれでデンに勤めはじめた、と。

荒川●一度は断られたんですけれどね。当時デンはハワイにショップを持っていて、そこまで押しかけてお願いしたんですが、タイミングが合わなくて。でも社長がハワイのショップを畳み、日本に帰ってきたときに「まだ働く気はあるのか?」って声をかけてもらえました。ちょうどデンが今の河口湖の場所に引っ越す時期でしたね。

ー東京から山梨県へ引越して働く…思い切りましたね。

荒川●しかも、当時は結婚したばかりでした。新婚して間もないのに「仕事をやめて、メカニックになる」、「職場は山梨の河口湖畔」…奥さんを説得するのは大変でした。下見に連れていき「いいところでしょ? こんな環境で生活するのもいいね」って少しずつ納得してもらいました。

ー都会からは離れますが、いいところですよね。

荒川●冬はちょっと辛いですが、慌しくなく、子供を育てるにはいい環境です。もう15年住んでいますが、未だに飽きませんから。趣味の狩猟も近所で楽しめますし。

貴重な旧車を散々チョップしました
今では怖くて絶対できませんけれど

ーデンに勤めはじめたのは20代後半ですよね。

荒川●そう。機械加工はちょっとできましたが、いい年をした未経験の人間をよく雇ってくれたと思います。何も知らないところからのスタートでしたから、早く仕事ができるようになりたくてね。社長や先輩にしょっちゅう質問をしたり、作業中に「何をしてるんだろう」ってこっそり覗いていました。

ー触っていたハーレーはやはり旧車が中心?

荒川●当時の最新型はエボでしたが、エボを触るのは”たまに”でした。ショベルヘッドを中心にパンヘッドやナックルヘッドを数えられないくらい触らせてもらいましたね。最初は本格的な作業はやらせてもらえませんでしたから、パーツを外してひらすら磨いたり、洗浄したり、そうやって年式ごとについている部品の違いやエンジン構造を学んだんです。あの時は、まだ今ほど旧車ブームではなく、パンやナックルなんてデンが日本に積極的に入れ始めたばかりの時期だったはずですから、旧車を学ぶには最高の環境だったんだと思います。

ー佐藤さんの側で今に繋がる多くのことを教わった。

荒川●そうですね。ただ社長もまだ手探りの部分もあったみたいで。「なんでナックルのエンジンは、この状況で焼きつくんだ?」みたいなこともあって、社長を手伝いながら試行錯誤させてもらいました。ショベル以前の旧車のノウハウを手探りで集めていった時期でした。

ー今や貴重なモデルを毎日触れる環境…メカニックからしたら羨ましい経験ですね。

荒川●当時はまだ、オリジナル度の高い旧車がいっぱい入ってきていましたねぇ。今じゃ考えられませんが、パンやナックルのフレームを気持ちよく切ってチョッパーを造っていました。「カッコよくなるんだからいいや」と思って作業をしていましたが、今はそんなこともったいなくて絶対できません。むしろ少々手間がかかっても、純正フレームはなるべく残すようにカスタムを進めますから。当時切った貼ったをやってしまった車両には「ゴメンね」って謝りたいですね(笑)。

ーそんなもったいない経験をたっぷり積みつつ、他にどんなことを学びましたか。

荒川●細かなところなんですが、パーツの取り付け位置や普通の人が見ないようなところまでこだわりぬくことでしょうか。シーシーバーを溶接するときに、ほんの1cm位置を変えるだけで全体のバランスが違ってくる。シンプルな外観にするために、できるだけ配線を隠す。「ただパーツを取り付ければいいや」ではなく、細かなところまで手間隙をかけてこだわることを社長のそばで学びました。

ー佐藤さんが亡くなるまで、どのくらい一緒に仕事ができたのでしょう。

荒川●1年くらいでした。社長が亡くなったときはもうショックでしたね。でも、お客さんから入っているオーダーはありますし、デンは続いていますから残された人間でやっていくしかない。僕にできることはまだ限られていましたが、先輩たちと一緒に精一杯頑張りました。

ーその後、デンにはどのくらい勤めたのでしょうか。

荒川●7年ほど、ですね。社長が受けた仕事の区切りが着くまで。クールブレーカーの前身となったハーベストタイムが終わるまでデンに勤めて独立することにしました。デンに勤めはじめた頃は独立する気持ちなんて、さらさら無かった。それだけに、独立するとしても社長が築いたデンの側で仕事がしたくて。同じ河口湖畔で「レイクショアカスタムズ」をオープンさせました。

ーカスタムショップを経営する環境としては…いかがでしょう。

荒川●人口が少ないので、当然ハーレー乗りも少ない。決して恵まれた環境ではありません。でもここからは離れたくはなかった。子供も学校に通うようになっていましたから、転校させたくありませんでしたし。大変なことも多いですが、ここでショップを始めてよかったかな、と今では思います。

ー例えばどんなことが?

荒川●ウチは宣伝をすることもなく、口コミなどでひっそりとやっています。もし、都心にショップを構えていたら家賃や経費などでたくさん仕事を受けて、どんどんこなしていかないと行けない。好きで始めた仕事ですから、日々仕事に追われてハーレーを触るのではなく、1つ1つの仕事にじっくりと取り掛かりたい。それには、この河口湖畔の環境はちょうど良かったんだと思います。のんびりと言いましたが、最近は抱えている作業がたまっていて大変なんですけどね(笑)。もう一人くらいスタッフがいてくれたら楽かもしれません。

ーお客さんから入るオーダーは、手のかかるカスタムや重整備が中心ですか?

荒川●ハンドル交換やオイル交換みたいなこともやっています。なぜか大掛かりな仕事しかしていないと思われてますが、春先なんて近所の人が農耕器具の整備を持ち込んでくることもありますから。

ーそんなことまでやるんですか。

荒川●ご近所付き合いもありますからね。「荒川さんのトコに行けば直してくれる」って口コミで噂が回っているみたいです。こないだなんて調子が悪いトラクターをニコイチにしてくれ、なんてオーダーもありました。さすがに断りましたけれどね(笑)。でも、そんなことをやっていると、収穫時になると朝厳寒に野菜が置いてあるんです。誰が置いていったのか、わからないんですが有難くいただきます。こういうところがここを離れられない魅力なんですよね。

ー農機具を直しつつ、旧車をイジる(笑)。

荒川●どちらもどうしようもない状態で持ち込まれるのは同じですね。ハーレーも、どこから噂を聞いたのか、他のショップがサジを投げた車両を遠くから持ち込んでくる人もいて。結構大変な仕事が増えてきました。

ーそれだけ荒川さんの腕を信頼する人が多いのでしょう。

荒川●何でも直せる、とは言い切れませんが「壊れているモノ、調子が悪いモノは必ず直せる」そう思って日々作業をしています。もちろん機械ですから、いずれトラブルは起こります。ただ、できるだけトラブルが起こらないよう、調子がいい状態が長く続くよう、丁寧に作業を続けるのが私の仕事です。

ー整備からチョッパー製作まで、自分のバイクをイジる時間が取れないのでは?

荒川●自分のKモデル(スポーツスターの先祖のモデル)を造る時間がなかなか取れないですね…。5年くらい前にバラバラの状態で手に入れて、長く放ったらかしにしてきましたが、今コツコツと仕上げていっています。完全にプライベートな車両ですから、妥協せずに時間をかけ、じっくりと造りたい。だいぶ形にはなってきましたが、年内に仕上がるかどうか…。パーツの欠品がある状態で安く手に入れたんですが、結局高くつきそうです。欲しいモノを探すのが時間がかかるし、値段も張る。最初から動くKモデルを買えばよかったんですがね。それでもやっぱり不動車をコツコツと直すのがやっぱり楽しいんですが(笑)。初めてのFLHをイジっていた頃と変わらない楽しみを今、味わっています。

プロフィール
荒川 登
41歳。レイクショアカスタムズ代表。21歳でショベルに乗り始め、モーターサイクルズ デンに長年勤めて独立。河口湖畔で旧車を中心にカスタム、整備に励む。自らの愛車Kモデルのレストアの時間が取れないのが目下の悩み。

Interviewer Column

荒川さんとはじめてお会いしたのは2年前のクールブレーカーだった。今も製作中のKモデルを展示していて、スポーツスター好きの私の目に留まった。奇をてらった部分が一切なく、シンプルでコンパクトなKモデルに思わず見とれ、荒川さんに話しかけたのを覚えている。カスタムショップオーナーというイメージとは違う、温厚で人なつっこい笑顔で話してくれた荒川さん。カッコをつけることがない自然体なその姿勢は、製作するカスタムハーレーにも表れているように思える。特別目立つ部分を造ることはせず、それでも人の目を惹きつける何かを持たせる。その感性はモーターサイクルズ デンと出会い、河口湖で過ごしてきた環境が育てたモノなのか。都会の喧騒から離れ、のどかな場所でひたすらモノ造りに没頭する、非常に羨ましい環境で仕事をできているんだな。今回訪れてそう感じた(ターミー)。

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