VIRGIN HARLEY |  久保 順平(MOTORCYCLES FORCE)インタビュー

久保 順平(MOTORCYCLES FORCE)

  • 掲載日/ 2008年06月04日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

まずは自分がハーレーを楽しむ
それが自然にお客さんに伝わるはず

第一線でハーレー業界を引っ張っているショップは80年代、90年代にオープンしたところがほとんど。しかし、そういったショップで修行を積んだメカニックがここ数年で独立しはじめている。カスタムショップにも新しい世代が生まれはじめているのだ。これまでもそういったショップを紹介してきたが、今回紹介する大阪市の「モーターサイクルズフォース」もその1つ。代表の久保さんは31歳と私とほぼ同世代だ。新しい世代のショップオーナーはどのようなハーレーとの出会いを経て、この世界に入ってきたのか、それをお聞きしてきた。

Interview

STEED、スポーツスターと乗り換え
生活費を切り詰めショベルを購入

ー初めてバイクを意識したのはいつ頃でしょうか。

久保●原体験は父親のスーパーカブでしたね。父が毎日スーパーカブで通勤していたんですが、仕事から帰ってくると僕を乗せ町内をグルッと一周してくれるんです。小さい頃はそれが楽しみで、「早く帰ってこないかぁ」と思いながら父を待っていましたね。こういう体験があったからか16歳になるとごく自然に原付免許を取りにいき、仲間とあちこちを走り回るようになりました。

ー原付からステップアップしたのは大学に入ってから?

久保●そうです。入学してすぐにアルバイトを始め、手に入れたHONDA「STEED」が最初のバイクでした。でも、実はSTEEDを手に入れる前からハーレーが欲しかったんです。当時からハーレー雑誌を愛読していたものの、「大学生でハーレーは無理だろう」と、スタイルが似ているSTEEDを手に入れたんです。でも、大学にはハーレーに乗る学生もチラホラいて、それを見ていてハーレーへの乗り換えを考えはじめました。

ー大学にハーレー乗りが結構いたんですか?

久保●僕が通っていたのは芸大だったので、好きなモノにこだわる人が多かったんです。だから、一般の大学よりハーレーに乗る学生は多かったかもしれませんね。最初は何も考えず諦めていたハーレーですが、必死にアルバイトをして貯金をし、半年後にはスポーツスターを手に入れていました。

ーなぜ、スポーツスターを?

久保●実は…このときも本当はスポーツスターではなくて、ショベルヘッド(以下、ショベル)のチョッパーが欲しかったんですよ(笑)。半年のアルバイトで貯めたお金で買えるのがスポーツスターだったんです。でも、せっかくスポーツスターに乗り始めたんだから、とダートラ系のカスタムをしてみたものの…やっぱり最初に欲しいと思ったものを買わないとダメですね。ショベルが欲しくなり、長期ローンを組んでまた乗り換えをしちゃいました(笑)。STEEDもスポーツスターも結局乗っていた期間はそれぞれ半年くらい、と短かかったですね。

ー短期間にそれだけ乗り換えて、いくらアルバイトをしていたとはいえ、お金は大丈夫だったのでしょうか。

久保●アルバイトは時給も良かった方ですが、それでも生活は切り詰めないといけませんでした。家賃の安い寮に引越しをし、食費も節約し、ハーレー以外にかけるお金はかなり絞っていましたね(笑)。

ー両親は久保さんがハーレーにのめり込んでいることを知っていたのですか?

久保●知っていましたよ。実家に帰ったときにショベルも見せましたから。でも実物を見て「これがホンマに200万円もするんか? …オマエ、騙されているんとちがうか?」と心配していましたけれどね。ハーレーの世界を知らない人には、ショベルはボロボロのバイクにしか見えないんでしょうね(笑)。

ーショベルの価値をわかってくれる仲間は大学にはいましたか?

久保●学生寮はアメ車や古いバイク好きばかりでしたが、ハーレー乗ってる人が居なかったので、ショベルを購入したショップのお客さんと一緒に遊んでいました。仲良くなるにつれて、一緒にミーティングに行ったり、金属加工をやっている仲間のところに集まってパーツを作ったりするようになりました。

ー自分たちでパーツ製作…かなり本格的ですね。

久保●仲間のところに転がっている廃材のパイプを見よう見真似で溶接してマフラーを作ったり、金属棒からシーシーバーを作ったり。でも、排気効率や強度なんてまったく考えていませんでしたね。見た目の形がそれっぽく見えればあの時は満足だったんです。だから、後ろに友達を乗せるときなんて「シーシーバーには絶対もたれるなよ。これは飾りだから」なんて言っていました(笑)。

ートラブル時の整備なんかも自分で?

久保●ショベルはオーバーホールをしてから購入したので、大きなトラブルはありませんでしたね。出先でちょっとしたトラブルに遭ったときなんかは、ショップに電話をしてやり方を聞いて自分でやることもありました。当時はまた携帯電話を持っていなかったので、公衆電話で対処方法を聞いて暗記し、忘れないうちにショベルを触りはじめる。でも、わからなくなってまた公衆電話に戻る、そんな面倒なことをやっていましたよ(笑)。でも、そういうことも含めてハーレーを楽しんでいましたね。

ーハーレーを仕事にしようと思い始めたのはその頃から?

久保●大学生活も終わりが近づき、周りが就職活動をはじめた頃にこの世界に入ることを考えはじめました。僕は環境計画学科というところにいて、公園設計などを学ぶところだったのですが、あまり興味を持てなくて…。やる気のある同級生を見ていると「同じ土俵で勝負しても勝てない」と思ったんです。それで興味があることを仕事に、とハーレー業界で働くことを決めました。

ショベルもビューエルもツインカムも
どのモデルも魅力的に感じます

ーハーレー業界への就職活動って、どんな風にやるのでしょう? 求人誌には載っていないでしょうし…。

久保●雑誌を見て1軒1軒電話をして、訪ねて回るだけ(笑)。関西のあちこちのショップに連絡をしましたね。でも、そう簡単に働かせてくれるところが見つかるわけはありません。もし関西で見つからなければ、関西から離れるのも仕方がないか…そう思っていたときにとあるショップに採用してもらえました。そこはかなり忙しいところで。勤め始めて間もない頃から、いろいろな整備を経験させてもらえて。かなり激務でしたが学ぶことの多い時間を過ごせました。そこには何年かお世話になったのですが、思うところがありショップを退職し、あてもなく旅にでることにしたんです(笑)。

ーあてのない旅、ですか(笑)。

久保●ショップを辞めた翌日に、銀行の貯金を全額下ろしてとりあえず南へ向かいました。京都から下道で九州に入ると、ちょうと夏だったこともあり、週末になると各地でミーティングが開かれていましたね。そういうところに立ち寄りながら旅をしていると、不思議と同じような旅をしている人たちの情報が集まってくるものなんですよ。誰かから「沖縄には貧乏旅行者が集まるビーチがある」と聞いてフェリーで沖縄に渡ることにしました。

ービーチってことはリゾート施設でしょう? 観光客だらけなのでは?

久保●リゾート企業が管理しているビーチは交通の便がよく、綺麗で人もたくさん集まってきますが、観光客がやってこない、僕みたいな旅行者が集まるビーチもあるんですよ。そこにテントを張って、何もせずしばらく暮らしていたんですが、いろんな人がいましたね~。いつからそこで暮らしているのか分からない人、裕福な家で育っただろう家出少年、僕と同じようにバイクで旅をしている人…。そういう人たちに囲まれて「これからどうしよっかな~」と考えながらのんびりとした時間を過ごしていました。ただ、そのビーチに長くいると「このままではマズイ。ここに長く居すぎるとダメになる」のがわかるんですよ(笑)。次に何をするのか考えるのは後にして、旅を切り上げて沖縄を出ることにしました。

ー実家の京都に戻ったのでしょうか?

久保●実家には戻らずに卒業した大学の学生寮に転がり込みました。それから1ヶ月くらい何をするわけでもなくふらふらしていました。「何かして働かないと」とバイク便のアルバイトをはじめ真面目に働くようになった頃に、カスタムショップに勤めていた友人から「ウチで働かないか」と声をかけてもらったんです。ハーレーのことが嫌いになってこの世界から離れたわけではなかったので、喜んでお世話になることにしました。

ーそこではどんなことを?

久保●主に整備を担当していましたが、僕好みのスタイルや、僕がお客さんと話をつめたカスタムは丸ごと1台担当することもできました。整備だけ、カスタムだけ、と偏った作業を担当していたわけではなかったので、そこで勤めた4年間で多くのことを学ばせてもらいました。

ー独立することになった経緯は?

久保●カスタムを手がけるうちに金属加工の面白さに取りつかれて。板金や溶接などの技術があれば、タンクやフェンダーなどを別の形に作り変えることだってできるんです。その魅力を知るにつれ「金属加工を専門でやっているところで学んでみたい。そこで学んだことはハーレーのカスタムできっと活かせる」、そう思うようになりました。それが辞めるきっかけだったのですが、結局、金属加工を学ぶ暇もなく独立することになりました(笑)。辞めてからしばらくは金属加工の世界で働く準備をしていたのですが、僕を指名して「カスタムしてくれ」というお客さんがいてくれて。そういう方たちに背中を押されてモーターサイクルズフォースを立ち上げることに決めました。

ー思い切りましたね。「ハーレーが好き」、「ハーレーを触りたい」だけでは独立はできませんからね。

久保●周りに背中を押してくれる人がいなかったら、まだ独立してなかったかもしれません。カスタムショップで一緒に働いていた仲間が先に独立していたので、それに刺激を受けたのもありました。決心するまではいろいろと不安もありましたが、「やる」と決めてからは前向きにモノを考えて、これまでガムシャラに頑張ってきましたね。オープンしてから3年、あっという間でした。

ーオープンして間もない頃から、各地のカスタムショーに精力的に参加されていましたよね。

久保●ショップの名前と、どんなカスタムをするのか、それを多くの人に知ってもらわないと。お客さんを待っているだけでは何も始まりませんからね。カスタムショップ時代からずっと考えていたビューエルベースのチョッパー製作など、頭の中にあったアイデアをカタチにし、多くの人に見てもらえるよう動き回っていました。

ー今ではショップがブログをやっているのは珍しくありません。でも、久保さんのところはブログをスタートさせたのが早かったですよね。インターネットをうまく使っているな、と思いましたよ。

久保●店に遊びに来るお客さんや、HPを作ってくれている方に勧められてはじめてみると「ブログ見ているよ!」と声をかけてもらえるなど、反応があるので面白いです。

ー現行モデルはすべてインジェクション化されていますから、そろそろパソコンも強くならないといけませんね~。現行モデルのお客さんも多いでしょう?

久保●ショベルからエボ、ツインカムまでバランスよく来てくれますね。お店でたまにツーリングもしていますが、集まってくるハーレーはエンジンもスタイルもバラバラです。

ーハーレーに乗り始めた頃はヴィンテージ志向だったと思いますが、今では印象は変わっているのでしょうか?

久保●スポーツスター、リジッドショベル、パンショベル、ビューエルと乗り継いで今はボロボロのFXRをベースにしたドラッグレーサーに乗っています。いろいろなエンジンを触り、自分で所有してみて、それぞれの魅力・欠点もわかりました。今は「どのエンジンが好き、嫌い」というのは無くなっていますね。

ーモーターサイクルズフォースはチョッパーというイメージがありますが、ドラッグレースに参加するなど、チョッパー製作以外のスタイルも手がけているのですか?

久保●チョッパーだけのショップではないですよ(笑)。純正スタイルで楽しんでいるお客さんもいますし。ブログに載っているのは大掛かりなカスタムが多いので、そういうイメージがあるんでしょう。メディアで取り上げられるのはカスタムが多いですが、実際は、修理やメンテナンス等の整備に関する作業を大切にしています。そんな作業を積み重ねた物がカスタムバイクですから。ドラッグレースは自分が楽しむために参加しているだけです。極端な話、エンジンが動けば誰でもエントリーできるレースですし、直線をいかに速く走るか…シンプルな楽しみ方じゃないですか。

ーショップ経営に追われると、なかなかハーレーを楽しむ時間を作るのも難しくなりそうですが、積極的に楽しんでいますね。

久保●夢のある乗り物を扱っている仕事ですから、それに携わる人間も楽しんでいないと。そういう雰囲気ってお客さんに伝わるような気がします。お客さんのハーレーをカスタムして、理想のスタイルにするお手伝いをしつつ、ハーレーの楽しさを伝えたい。僕もハーレーを楽しみたいし、お客さんも巻き込んで楽しんだら、楽しさも倍増するんじゃないかと思って(笑)。

プロフィール
久保 順平
京都府出身、31歳。大学時代にハーレーに夢中になり、卒業と同時にハーレー業界へ。カスタムショップでの修行の後に大阪市平野区にで「モーターサイクルズフォース」を立ち上げる。現在は愛車FXRでドラッグレースを走ることに夢中。

Interviewer Column

京都出身だからなのか、久保さんは温和で笑顔の絶えない人。カスタムショップというとコワモテのオーナーをイメージする人が未だに多いかもしれないが、久保さんから威圧感を感じることはまずないだろう。ショップの店内を見ていて思わずニヤリとしてしまったのは、バイカームービーのコレクションの数々。メジャータイトルから「こんなモノあったの?」というB級ムービーまでが揃っていた。これだけバイカームービーをコレクションするなんて、本当にハーレーが好きじゃないとなかなかできないこと。「これはホントつまらなかった…」と笑顔で話す久保さんを見ていると、B級だとわかっているのにその映画をつい見たくなってしまうのが不思議だ。(ターミー)

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