VIRGIN HARLEY | 眞木 勇三(ファッションコーディネーター) インタビュー

眞木 勇三(ファッションコーディネーター)

  • 掲載日/2011年10月26日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

ファッションというカテゴリーと向き合い続けた
若きコーディネーターの内に秘めたる想いに迫る

大阪・堀江のインポート専門セレクトショップ「JOHNNY ANGEL COLLECTION」に店長として勤める眞木勇三さんは、某ファッション誌でも商品紹介などを手がけるファッションコーディネーターとして知られる人物だ。その彼が、バイクに乗ることを「ファッションを楽しむうえで必要なカテゴリー」と位置づけ、TRAMP CYCLE が手がけたスポーツスター XL883 を手に入れた。当サイトの ファッション講座 でも分かりやすい解説で人気を博す彼が理想とするライダーズファッションとはどんなスタイリングなのだろうか。眞木さんのあゆみとともに、ライダーだからこそ楽しみたいファッションのあり方というものを紐解いていこう。

Character

大阪北部のベッドタウン 茨木で育まれてきた彼が古着の魅力を知ったのは高校に入ってまもない頃。スケボーを楽しんでいた先輩が1970年代のファッションに身を包んでいるのを見てあこがれ、以来大阪のファッションストリートのメッカであるアメリカ村(通称アメ村)に足しげく通うようになる。外語系専門学校を卒業後、古着の人気ショップが集まっているショウザンビル内のショップで1年半ほど修行を積み、インポートアイテムのみを手がける当時の新興ショップ「JOHNNY ANGEL COLLECTION」の門を叩く。以降14年に渡って同社に勤め続け、自らが理想とするショップのスタイル構築に精力を注ぎ続けている。10代からバイクには触れていたが、20歳のときに事故に遭って以来乗ることはなかった。それが30歳を迎え、再びライダーとなる。車両は TRAMP CYCLE がカスタマイズした ハーレーダビッドソン 2004年式 スポーツスター XL883。

眞木 勇三/ YUZO MAKI

  • JOHNNY ANGEL COLLECTION WEST 店長
  • 生年月日/1976年12月24日生まれ
  • 大阪府茨木市出身/在住
  • 所有ハーレー/2004年式 スポーツスター XL883
  • >> 彼の愛車について知りたい方は こちら

Shop Information

JOHNNY ANGEL COLLECTION WEST

“進化するアメカジ”をコンセプトに、アメリカを中心とした海外の旬で話題性のあるハイエンドなアイテムをリアルタイムでセレクトするショップ。さまざまなテイストを取り入れた、独自のスタイルを提案しているのが特徴的。大阪・堀江に居を構えるここ WEST は JOHNNY ANGEL COLLECTION が運営するショップのひとつで、ほかに東心斎橋の EAST、大阪・梅田の UMEDA、東京・渋谷の SAMUDRA×JOHNNY ANGEL COLLECTION と計4店舗がある。

ハーレーインタビューの画像
【左】雑居ビルの一角に構えた WEST の外観。シンプルにヴィンテージ感を演出。【右上】店内はご覧のとおり、70年代のアメリカンカルチャーを思わせるインテリアのなかにインポートアイテムが飾られる。【右下】スタッフは店長である眞木さんと藤 真奈さん。彼女は現在修業中だそう。

SHOP DATA

  • 住所/大阪市西区北堀江1-14-21 大和ビル1F
  • 電話/06-6537-3023
    営業/11:00~20:00
  • 定休/無休
  • >> ウェブサイト
ハーレーインタビューの画像
【左】VANS のシューズも、デザインにこだわったものだけを入荷しているそうだ。【中】やはりベースは往年のアメリカンカルチャー。こうした雑誌も文化のひとつ。【右】ファッションとバイクはリンクする。選ばれるアイテムにももちろん理由はある。

Interview

ショウザンビルでの下積みを経て
自身の提案力を磨く日々に没頭

ー大阪のファッションストリート アメ村にあるショウザンビル内のユーズドショップにお勤めだったとか。

眞木 ●ええ、外語系専門学校を卒業してから就職しました。それまでここ(ショウザンビル)には足しげく通っていたので、お店とも顔なじみでした。

ー読者に説明する意味で、ショウザンビルについて教えていただけますか。

眞木 ●アメ村のなかでも人気のショップが軒を連ねていた雑居ビルです。業界でも名うてのショップが集まっていて、「古着のブームを知りたければショウザンビルへ行け」といった風潮があったほどの存在感を有していました。僕が足を運び出したのが1990年代、ちょうど高校に入ってまもない頃に先輩に連れられて行ったのが最初で、そこでもう虜になりました。ショップの人と仲良くなることもひとつのステイタスみたいになっていて、授業が終わればアメ村へ行く、というのが日課みたいになっていました(笑)。

ーここで働こうと思ったのは、やはりファッションというカテゴリーのなかで生きていこうと思ったからですか。

眞木 ●そうですね、今振り返ってみると、わずか1年半でしたが、あそこで積んだ経験は貴重なものばかりです。

ー海外への買い付けも経験されたそうですね。

眞木 ●一度だけ、アメリカまで買い付けに行きました。思い返しても、地獄のような2週間でしたよ! 初海外だというのに、それこそアメリカという国がキライになるほど(笑)。シカゴ、ミルウォーキー、デトロイトと、観光地とは無縁の街にある倉庫に入り、山積みにされた古着のなかから売れそうなものを選んでいくんです。すごく不衛生な倉庫ばかりで、とにかく舞い上がるホコリとの戦いでした。ノドの弱い人にはオススメしない作業です(笑)。

ーそれでも、すべてを楽しみながら過ごされたんですよね。

眞木 ●とにかく勉強しまくりましたし、勉強そのものが楽しかった。いろんな雑誌を読み漁ったり、先輩の話に耳を傾けたり……特に先輩の話を聞くのが楽しくて仕方なかったですね。

ーなかでも心に響いたのは。

眞木 ●「すべての服は古着から」という言葉です。もちろんなかにはゼロから服づくりができる稀有なデザイナーもいらっしゃいますが、とりわけメンズファッションについてはそのほとんどの起源は古着……ミリタリーやワークウェアなどに端を発していますね。つまり「古着を知れば、現代のファッションについても言葉を持てるようになる」ということです。かといって、現代の新しいファッションについても僕らは学び、文化としていかねばなりません。これは JOHNNY ANGEL COLLECTION(以下 J.A.C) の社長が言っていたんですが、「昔の音楽に関する知識で言えば、お前ら若い世代の方が詳しいよ。その音楽にどんなギターが使われているとか、あのバンドは何年にどこそこでライブをやったとか……。でも俺らはその背景のなかで生きていたし、空気感を肌で知っている。それには絶対敵わない。だからお前らは、お前らの年代の音楽をたくさん聞いて、それを俺らに教えてくれ。それが文化になる」と。何物にも変えられない偉大なヴィンテージに対するビッグリスペクトは存在しますが、それを踏まえたうえで、新しいものを取り入れてお客さんに提供していかねばならないんです。

ーその J.A.C へと移ってこられたわけですが、どういった経緯からここにたどり着いたでしょう。

眞木 ●ショウザンビルの一角に勤めていた当時、同じ業界で働く仲間と毎晩のように飲みに行き、居酒屋やツレの家で「俺らが目指すべきショップとはどこなのか、どんなスタイルなのか」などについて語り明かしていたんです。そうして話しているうちに、「アメリカという国を直に感じられるショップ」を模索するようになりました。しかし、大手の企業に入ると東京の本社まで行って上層部に入り込まないと意味がない。そこで出た条件が、「個店」で「卸しも経験できる」「インポート100パーセント」のショップ。その条件に当てはまるのが、当時2年めを迎えたばかりの J.A.C だったんです。

ーJ.A.C の存在は当時から知っていたんですか。

眞木 ●お客でした。そこから J.A.C のことを調べて、驚いたことがありました。当時、東京の某セレクトショップで売られていたロックマウントのウエスタンシャツが人気を博していたのですが、実は そこにロックマウントを卸していたのが、この J.A.C だったんです。聞けば、そのショップの代表と J.A.C の社長が旧知の仲でした。「東京が拠点じゃなくても情報を発信していくことができる、ブームを作っていくことができる」、それを教えてくれた J.A.C に惚れ抜いて、門を叩きました。

ー以来14年、ここに腰を据えておられるわけですが、“理想と現実”という点で感じられたことは。

眞木 ●先ほど述べたとおり高い理想は持っていましたが、実際に J.A.C に入ってからはまだまだ知られていない存在だったため、入社まもなくはヒマでしたねぇ(笑)。でもかつての古着屋の仲間が「あそこのお店、品揃えがいいから行っておいで」とお客さんを送ってくれたりと助けてくれたんです。もちろんそれに応えるため、少ない給料ながら仲間のお店でものを買ったりして恩返しをし……ということを続けていました。

ー地道に歩を進めていたんですね。

眞木 ●ウチの特徴は、まだ卵みたいなブランドを発掘して育んでいき、羽ばたかせることに意義を見出しているショップという点。そこを見極めるためには知識と経験をベースとする“目”を持たないといけません。社長は常々「アメリカを知る前に、まず日本を知れ」と言っています。自分が生まれ育った国のことを知らずに、海外のアイテムが日本人にどう似合うかなんて分かるわけがないですよね。僕らがインポーターとして存在するためには、まずは自分たちの文化を学び、そのうえでブランドが生まれた背景であるアメリカやヨーロッパのことを学ばなければなりません。だから流行のノリで選ぶよりは、自分たちの基礎……理想とするアメリカンカルチャーというものがあって、そこを通して海外ブランドを見て、「良い」と思ったものを仕入れて提供しています。

ー自分たちが表現したいものがきちんとあり、それをもとにブランド選定を行われているから、接客にもブレは出ない、と。

眞木 ●そのとおりです。実際にお客さんが試着されて「ん?」と首をかしげられているときは、見ている僕らも「あれ?」と思うわけです。そのときは素直に「なんか違いますかね、ちょっと別のを用意しましょうか」と切り替えられます。こだわりは持ちつつも、メジャーな要素を毛嫌いするのでもなく、すべてを取り入れたうえで提案していく……僕らコーディネーターは黒子に徹しつつ、どんなスタイルにも対応できる知識を経験が必要なわけです。

ハーレーとファッションに共通する
極意“究極のマイナス”とは

ー眞木さんがバイクと出会われたのは、いつ頃なのでしょう。

眞木 ●10代のとき、アメ村に通っていた頃ですね。当時は三角公園なんかにカッコいいチョッパーアメリカンやカフェレーサーなんかがたくさんとまっていて、それを見て「カッコいい! 俺も乗ってみよう!」と。最初は国産アメリカンをチョッパーにしようと思っていたんですが、改めて考えるに“アメリカン”というカテゴリーの頂点にはハーレーダビッドソンという絶対的な存在がいて、金銭的にもハーレーはムリだし、国産アメリカンではやっぱり見劣りする部分がある。それはあまりカッコよくないなと思って、カフェレーサーを突き詰めようと ヤマハ SR400 を購入しました。それからクラシックシングル系カスタムショップ PEYTON PLACE にもよく通うようになり、気がつけばバリバリにカスタムされたカフェレーサーに変貌していました(笑)。

ーその後、なぜバイクを降りられたんですか。

眞木 ●20歳のとき、事故に遭ったんです。深夜に国道を走っていたとき、無免許&飲酒運転の車に当たられて。僕は打撲だけで済んだんですが、バイクは完全にオシャカに。それからバイクを直す気になれなくて、結局降りてしまいました。

ーそれが今回、10数年を経てライダーに復帰。キッカケは何だったんでしょう。

眞木 ●30代に入ると、クルマとか時計とか、若い頃には手が出せなかった趣味を持つことを意識し出すじゃないですか。何か日常を超えられる趣味を持ちたい……そんなことを考えながら仕事をしているときに、自分が人生をかけて携わっているファッションという主軸には、バイクという要素も絡んでくる機会が多々あることに気付きました。そのときに、自分の趣味にバイクという選択肢を入れておきたいな、と思い、リターンを決意したんです。

ーその中でもハーレーを選ばれた理由は。

眞木 ●先ほども言いましたが、自分の仕事の背景には、アメリカンカルチャーというものが存在します。もちろん BMW やドゥカティだって魅力でしたが、やっぱりアメリカの匂いがするものがいいと思ったんです。これは僕のファッション観にも通じるものがあります。

ーと言いますと。

眞木 ●例えばデニムがそうですが、これまでファッションを学ぶうえで、イタリアンデニムを履いたりと、いろいろ浮気をしました(笑)。そうした経験から学び、生まれた自分の流儀としては、「気に入ったデザインのものもそうだけど、やはり メイド イン USA であれば自分のなかで納得できる」ということでした。ハーレーだと「やっぱりナックルやんね」というような、自分なりに求めるものの究極の結論がそこだったわけです。

ーだとすると、旧車という選択肢もあったかと思います。

眞木 ●そこは確かに悩みましたが、実際にナックルやパンに乗るとなるとそこに没頭してしまいますし、ほかの趣味への影響が出てしまう。僕はお酒も飲むし、音楽も楽しみたいし、いろんなことを体験したい。バイクだけに全精力はささげないな、と思い、現行車ベースで検討することにしたんです。

ーで、大阪のカスタムショップ TRAMP のスポーツスターを選ばれたわけですが、どういったところからこの車両にたどり着いたんでしょうか。

眞木 ●カスタムハーレーを検討するにあたり、HOTBIKE JAPAN を読み漁りました。で、ちょうどそのとき NEW ORDER CHOPPER SHOW の特集が組まれていて、そこで TRAMP というショップを発見したんです。「一見するとあまりイジってそうに見えないけど実は……」みたいな、さりげないカッコよさを感じました。ステムトップボルトなんかがそうですよね。僕のファッションに似ていて、これみよがしな着こなしではないところに惹かれました。それでいろいろと調べているうちに TRAMP が広告に使っていたコールフォスタータンクを装着したスポーツスターを見て、「これが欲しい!」と。ちょうどその頃、売りに出されていたんですが200万円を超えていてとても手が出せなかった。でも気にしながら何年か経ったとき、また FOR SALE と出ていて、今度は手が届く値段だったんです(笑)。

ー年式等は問題なかったんですか。

眞木 ●買うなら2004年式以降のスポーツスターと決めていました。エンジンのヘッドがフラットになっていること、それとオイルタンクのカバーデザインが美しいことが決め手でした。このスポーツスターはその条件を満たしたうえで素晴らしいスタイルにまとめられていたので、迷うことはありませんでしたね。

ー眞木さんなりの TRAMP の良さとはなんでしょう。

眞木 ●Macintosh を生み出した Apple社に通じるものがあると思っています。徹底的にムダを削ぎ落としながら、全体的にバランスが整ったデザイン性を持ち合わせている、いわゆる“究極のマイナス”と言いましょうか。Macintosh はパソコンという最新機器という存在でありながら、削ぎ落された美しさを有しています。ファッションについても同様で、例えばミリタリーなんかを見ても、用途に合わせてポケットの数を最小限に抑えたり、取り付け位置にも意味があったりしますよね。現代ファッションはそうした部分をデフォルメして生まれているわけですが、そこをうまく取り入れられているかどうか、またそこを見極めた服の選び方ができているかどうかがセンスにつながってくると思います。そうした引き算がうまい人のファッションはカッコいいんですよね。

ーMacintosh とハーレーは通じるものがあるのでしょうか。

眞木 ●そう思います。僕は Windows と Macintosh の両者をバッグに例えるんですが、前者は多機能バッグ、後者はトートバッグだ、と。Macintosh は Windows ほど機能性に秀でていませんが、自分なりに使いやすくカスタマイズしていく楽しみがあります。ハーレーだって、決して乗りやすいバイクというわけじゃありませんよね。それを「自分だとこんな風に乗りたい」とカスタムしていく喜びがあります。長岡さんはそうした妙を心得た人ですし、実際彼の手から生み出されたバイクはそうしたセンスを見事に具現化しています。

ー具体的にはどんなスタイルと言えるでしょうか。

眞木 ●バイクのムダを削ぎ落としていく……そうすると、レーサーになりますよね。TRAMP のバイクを見れば一目瞭然ですが、レーサーをモディファイしたバイクに仕上がっているじゃないですか。僕が理想とする“究極のマイナス”をハーレーに投影していたのが TRAMP ですから、ここにたどり着いたのはある意味必然なんです。だからこそ「長岡さんにお願いしよう」と思いましたし、今でも全幅の信頼を置いています。

ーハーレーダビッドソンというモーターサイクルには、“魅せる”という部分を有した存在だと思います。ファッションという点で造詣が深い眞木さんから、ハーレーに乗るうえでのファッションの楽しみ方を語るとしたら、どんなメッセージになりますでしょうか。

眞木 ●まずは興味を持つことですよね。僕らの商売上、スタイルを押し付けてもいけないし、安売りしてもいけません。僕に関して言えば、ファッションについて興味を持ってくれた人が取っ掛かりやすいよう広い間口でお待ちしていて、お越しくださったところからコミュニケーションをはかり、その人にとってベストなスタイルをコーディネートしたい、という想いがあります。そしてファッションにしてもバイクにしても、主役はその人そのものです。

ーなるほど、オーナーにとって“よりよい魅せ方”を生み出すための提案力を磨かれているわけですね。

眞木 ●その魅せ方も、これみよがし……と言っては言い過ぎかもしれませんが、その人をパっと見たときに、一瞬で目に飛び込んでくる主張の強いアイテムはあまり選んだりしません。「一見すると地味だけど、実は……」という、分かる人には分かる“くすぐる”アイテムを選んだりしますね。もちろん気づいてもらえないのは自己満足でしかないんですが、そうした部分を僕らコーディネーターは通り越しちゃっているんで、ある程度のことを分かったうえでのチョイスをしたりします。

ーなんにしても、興味を持ってくれた人とコミュニケーションを取ることから始まるわけですね。

眞木 ●あとはシチュエーションですね。どういう状況のなかで、その人にとっての“よりよい提案”ができるか。まだまだ勉強しなければいけないことはありますし、こうしてハーレーライフを楽しむことだって、自分のなかにいろんな要素を蓄積するための手段でもあるんです。最近はギターにも興味を持ち出していて、割りと高価なんですが買おうかどうか悩んでいるんですが、まわりの人間にとめられています(笑)。

ーでもそれが、眞木さんのなかに蓄積されているんですよね。

眞木 ●ええ、こうして引き出しが増えていく喜びや楽しみが、自分にとってのモチベーションになっていますね。これからもファッション講座のお手伝いをさせていただきますが、もっとファッションとハーレーをあわせて楽しんでいただけるような何かお伝えできることがあれば、と思っています。

ー期待しています。どうもありがとうございました。

Interviewer Column

眞木さんと初めてお会いしたのは、ハーレーカスタム紹介の取材で TRAMP CYCLE にお邪魔したとき。眞木さん流の“ハーレーの楽しみ方”についてお話を聞いているうちに、独特のこだわりが端々から匂ってきて、彼の言葉をもっと引き出してみたいと思い、ファッション講座の講師依頼を、そして今回のインタビュー取材となった。“好きなことを仕事にする”のは、実際のところ好きなものが好きでなくなったりすることがある。しかし眞木さんはそうしたことも乗り越え、仕事でありながら好きなものを追求しようと日々邁進されている。その姿に感銘を受けたし、僕自身改めてハーレーに関わるメディアの人間として深く考えさせられることが多々あった。人懐こい笑顔の眞木さんの接客は、見ているだけでも本当に心地良い。そしてその笑顔の奥には学んだものの多さから生み出された知識と経験がある。JOHNNY ANGEL COLLECTION のお客さんは本当に幸せだな、と思った。

文・写真/VIRGIN HARLEY.com 編集部 田中宏亮

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