VIRGIN HARLEY | 辻 裕弘(ノースブロス) インタビュー

辻 裕弘(ノースブロス)

  • 掲載日/2009年05月13日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

北海道のローカルバイカーをサポートする
“北の兄弟たち”という名のハーレーショップ

北海道・旭川にある「ノースブロス」は、道内でも指折りのハーレーショップとして名高い。修理、カスタムに販売と、仕事内容は多岐に渡るその老舗を切り盛りするのが、オーナーの辻 裕弘さん。15年の歴史が培ったスキルには定評があり、新旧を問わずエンジン修理に対応してくれる。またジャンルを超えたカスタマイズ能力と想像力は相当のもの。「ハーレーには魅力がある。走っても楽しいし、自由な発想でイジることができる」と、ハーレー屋という仕事を未だに趣味の延長として捉える、いちハーレーフリークでもある。

Interview

始まりは仲間達のハーレーを診ることだった
北の老舗「ノースブロス」誕生の秘話

ーお店を始める経緯を聞かせてもらいたいのですが。

辻 ●元々は、仲間内のバイクの面倒を診るという感じで、個人でやっていたんです。まだハーレーに対してみんなが不安を持っている時代でして、「僕がやるから」とメンテをしてあげていました。

ー辻さんはメカの扱いが得意だったんですね。

辻 ●小さい時から物を直すとか作ることが好きで、その当時は自動車整備関係で働いていましたので、まわりからは信頼されていました。オートバイだけじゃなく、クルマのエンジンを載せ替えたりとか何でもやっていましたね。

ー個人とはいえ、ハーレーもかなりのレベルまで触っていたのですか。

辻 ●エンジンのオーバーホールからフルカスタムまでと、基本的に全部ですね。フレームには手出しはしませんでしたけど、エンジンをバラしてメッキ加工に出したり、当時は今みたいにパーツも簡単に手に入る時代ではなかったから、カスタムパーツもほとんど自分で作っていました。仲間のバイクもいろいろとしてあげたりしましたね。

ーかなり前の時代ですよね、まわりにはハーレー乗りがそんなに多かったんですか?

辻 ●大型自動二輪の免許は公安委員会で取得していた時代ですから、最初から大勢いたわけではありません。でもみんなが頑張って(大型自動二輪免許を)取得して、何十台という台数にはなりましたね。1990年代初期の頃のことです。

ー実際にハーレー屋を始めるきっかけは何だったのでしょうか。

辻 ●あるとき、全国展開しているバイク雑誌の取材が来たんです。そのときに「個人ではダメです、お店でないと掲載できません」と言われまして、「それなら」と店を立ち上げることを決意しました。

ー仲間といい雑誌取材といい、店を始めるための流れが来ていた感じがしますね。

辻 ●そうですね。ちょうどそのとき引っ越しをしたばかりで、2階が住まいで1階が作業用スペースのようなところでした。別にお店を始めるつもりで選んだわけではなかったんですが、シャッターを開ければすぐにオープンできるような場所でした。だからいろんなことを含めて、「店を始めなさい」っていう流れがあったんだと思います。その中でも、特に雑誌の取材は大きかったですね。

ーその影響力は、相当なものだったんですね。

辻 ●あの当時、雑誌に掲載されるなんて夢のまた夢、幻でしたからね。遠い存在である有名ショップしか出ていない雑誌のカスタムページに、自分が出られるなんて…本当に夢の話でした。正直な話、雑誌に出たいあまりで店を始めたんです。そして「お店の名前を早く決めなきゃいけない」ということで、一夜漬けで「ノースブロス」という名前を考えました(笑)。

ー店名は一夜漬けだったんですね(笑)。

辻 ●そうなんです。当時共に作業していた仲間と2人で考えました。最初はハーレーという言葉を入れようと思ったんですけど、兄弟ではないけど2人で切り盛りしていたから、“北の兄弟”ってことで「ノースブロス」という名前にしたんです。

ー結構バタバタなオープンだったんですね。

辻 ●そうなんです。だから、雑誌に掲載されたときの電話番号なんて、僕の個人の家の番号だったんですよ(笑)。

旭川で築き上げたハーレー乗りたちの信頼
そして北海道の中心地・札幌への進出の裏側には

ーお店としてスタートされてから、心境にも変化はありましたか。

辻 ●とにかく必死でしたね。独身というのもあったので、夜バイトしてでも続けてやるぞって。当時は28歳と、かなりの年齢に差し掛かっていたので、「これで一生飯を食っていくぞ」と決意をみなぎらせていました。

ー失礼な話、ハーレーの絶対数が多くない北海道で、経営を成り立たせるには難しかったのではないですか。

辻 ●始めた当初のお客さんは、ほとんどが仲間内でしたね。中でも手助けしてくれたのが、「ノースホナーミーティング」(※)を開催している関係者たちで、彼らがお店を盛り上げてくれ、友達をたくさん紹介してくれました。ただ、個人でやっていたときと違ってお店を構えたため、利益をもらわなければいけなくなり、心苦しくもありました。そこはみんなが割り切ってくれたんですが、それゆえプロとしての仕事が問われることとなり、大きなプレッシャーがのしかかってきましたね。でも本当に、彼らには感謝の気持ちでいっぱいです。それと何度も言いますが、雑誌の影響力は大きかったですね。あの頃、雑誌に掲載されるような北海道のカスタムショップはありませんでしたから、道内各地から多くの反響がありました。

※ノースホナーミーティング … 北海道名寄市風連町にて開催されていたキャンプミーティングで、10回目を迎えた2008年に終了。2009年8月より「ノースホナーを偲ぶ会」として新たにスタート。場所は北海道士別市朝日町岩尾内ダムに変更。
ーその頃、宣伝も兼ねて内地に出向いていたと聞きました。

辻 ●1993年から1997年までは「ハーベストタイム」に、「イクラちゃんのドラッグレース」(スーパーアメリカンフェスティバル)には毎年行っていました。カスタムショーにも出展していましたね。テントの前に“北海道”って看板立てて、みんなに「すごいねぇ」なんて言われていましたよ(笑)。

ー開店して15年、今では旭川の老舗として大きな信頼を得ていますが、2008年、札幌に新たなお店をオープンしたのは、どういった経緯があるのですか。

辻 ●今まで十数年間、旭川で内燃機からカスタムまでほとんどのことをやってきて、僕としては一定の基盤が作れたと思えるようになりました。だから今回の出店は、僕の再チャレンジと言えます。札幌という市場は昔から知っているんですけど、店ができては辞め、またできては辞めというのが多い土地柄なんです。そこで自分の力が通用するかを試してみようと思いました。

ー今後の展望について、秘めたるものはあるのですか。

辻 ●これは失礼な言い方かもしれませんが、札幌にはきちんと直してくれるお店がないんじゃないかな、と思っています。例えばショベルヘッドなど少し古いエンジンだと、少し調子悪くても「ハーレーはこんなものだ」と言い切るケースがあるとか。だからちゃんと診てあげて、「ハーレーはちゃんと直せば調子良く乗れるんだ」ということを伝えていきたいんです。僕が感じるところではありますが、札幌の人間はショップを信頼していないのではないか、と。なので、信頼していただけるお店を作りたいんです。それが、札幌に出店した大きな理由でもあります。

ー信頼というのは簡単に作れるものではないと思いますが、オープンして間もない現在、手ごたえなどはいかがですか。

辻 ●確かに、「信用は落とす」ことはとても簡単なんですけど、掴むのは本当に大変です。まずは1台でも2台でも、調子が良くなって喜んでもらえればなと思います。ちゃんと乗れるんだということを教えてあげて、喜んでもらえたら嬉しいですね。それが僕のやりがいなんですよ。特に人が持て余しているものを直していくのは燃えるんです。札幌店の店長にも、「調子が悪いバイクほどチャンスと思え」と言っています。それこそ、イイ教材だ、ドナーだと思え、と。そして、直るまで諦めないことですね。実際、お客さんに請求する金額と時給換算したら赤字なんですけど、そこはお金ではないんですよ。

ー逆に、辻さんからお客さんに言いたいことはありますか。

辻 ●これはお店というより、自分自身の思考なんですけど、ハーレーをただの乗り物と考えず、きちんと手を掛けて、自分の気持ちを入れて欲しいですね。せっかく高いものに乗っているのだから、定期的にオイル交換をするとか最低限のことを施して、ちゃんと付き合っていって欲しいんです。個人でできれば越したことはないんですが、メカに自信のない人は持ってきてくれれば対応します。もちろん商売なんですべて無料とはいきませんけど、僕が金持ちだったら、お客さんみんなのハーレーを全部自腹で修理してあげたいですね(笑)。やっぱりハーレーは、走ってなんぼですから。

ー「作る」、「直す」。この2つは辻さんの心を満たす絶対的な2物ということですね。

辻 ●そうですね。でも、それはバイクだけではないんです。例えば、札幌店も手作りです。ノース工務店といったところですかね(笑)。丸ノコで、材木を切って張って釘打って、自分らで作ったんですよ。あと蕎麦打ちにも興味がありますね。つなぎが必要なので蕎麦粉というのは100%ではダメなんですが、それをやっている名人が旭川にいるんです。すごいですよね。でもまあ、バイクをイジルのは僕の方がうまいですけどね(笑)。

プロフィール
辻 裕弘
1966年生まれ、北海道旭川市出身在住。1995年のオープン以来、北海道の老舗として道内ローカルから深い信頼を持つ旭川のカスタムショップ「ノースブロス」オーナー。2008年、「自身に対する再チャレンジ」から札幌に姉妹店をオープン。「自分で作ったエンジンで走ると、一心同体になれるようだ」という根っからの走り好き。

Interviewer Column

辻さんには10数年も前から両手以上の回数もお会いしているけれど、改めて「ノースブロス」誕生の話を聞き、知らないことがたくさん出てきて個人的には楽しいインタビューでした。僕の印象としては、やや寡黙で営業営業していない辻さんのスタンスが大好きです。まだひよっ子の雑誌編集者だった頃からいろいろとケアしてくれ、そして何度もラーメンを食べに連れて行ってもらいました。特に最近行った7条の店は最高でしたね。僕の将来の夢のひとつであるラーメン屋で出したいラーメンとしての候補にあがっているので、また夏に訪れようと思います。やっぱり夏の北海道は最高ですね。

文・写真/佐々木孔一朗

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