VIRGIN HARLEY |  水沢 信宏(ROUGH & ROADスタッフ)インタビュー

水沢 信宏(ROUGH & ROADスタッフ)

  • 掲載日/ 2008年11月17日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

ハーレーに乗って広がった世界
そのおかげで今の自分がいる

老舗の大型オートバイ用品販売店として活躍する、神奈川県のラフ&ロード。一般的にはあまりハーレー寄りとは言えないバイク用品店だったが、その営業方針は近年大きく変化した。そのプロジェクトの中心にいるのが、水沢氏だ。もともとオフロードモデルをメインに扱っていたメーカーにマイノリティのハーレー乗りとして入社し、社内にハーレー旋風を巻き起こした張本人。二十歳で入った初めてのMC(モーターサイクルクラブ)にてグループで走る楽しさを知り、ハーレー歴が長くなるにつれ、バイクとしてではなく、ライフスタイルとしてハーレーを楽しみはじめる。新しい看板(MCのパッチ)を掲げて止めない32歳1児の父。水沢さんが変革(!?)する職場ラフ&ロードと、人生を掛けているMCのことについて語ってもらった。

Interview

オフロード色の強い老舗に入社した
アメリカンな異端児が動かした世界

ーラフ&ロードというと、ハーレーのイメージはないのですが?

水沢 ●僕が入社した当時はそうでした。ハーレーどころか、アメリカンに乗っている人は社内に一人もいませんでしたから。でも、僕はチャップスを履きライダースを着て通勤していて「なんか偉そうなやつが来たな」って言われていたらしいです(笑)。

ーハーレーに対する理解があまりなかった、と。

水沢 ●当時のスタッフはみんな「ハーレー=チョッパー」というイメージを持っていましたね。全身をレザー用品で固めて、偉そうに道を走っているような。だから自分たちとは縁がなく、そういう人はバイク用品店にモノを買いに来ないだろうって考えていたみたいですね。

ーではハーレーに対応するようになったのは、水沢さんが入社してからなのですか?

水沢 ●入社して1~2年したときに、上司から「今度ハーレー用品を扱おうと思うんだけど、どうしたらいいかな」と聞かれました。次第にハーレー用品も扱いたい、という雰囲気が盛り上がってきていたみたいです。

ーオフロード色が強いショップでしたから、最初は大変だったでしょう?

水沢 ●そうなんです。ハーレーに乗り始めたのは入社して1年ほど経った頃で、僕もハーレーの知識にあまり自信がない頃でした。まずはどうすればお客さんが来てくれるのか、というところからのスタートです。それまではハーレーに対応するエンジンオイルやプラグ、タイヤもなかったので、まずは消耗部品を揃えるところから始めました。今はバッテリーなども含め、消耗品はすべて揃えてあります。

ーハーレー用のオリジナルパーツなどもあるのでしょうか?

水沢 ●まだそこまでは・・・(笑)。でも、ハーレーに対応するハンドルやグリップなど、ニーズの高い外装パーツは一通り揃え、ひとつのコーナーとして設けてあります。ウェア関係でいうと、革ジャンとか革パン、バッグなどは自社で作るようになりました。革ではないのですが、ハーレーにも似合うキャンパス地のバッグなどが人気です。コツコツと品揃えを増やしてきたおかげで、最近はツインカム・エボのオーナーがよく来店してくれます。いろいろと対応できる用意は揃っているので、もっとたくさんの方にラフ&ロードへ来店して欲しいですね。

ーそこまでくると、社内でもハーレー乗りが増えてきたのではないですか?

水沢 ●今は結構増えて、僕を入れて6人います。女の子もいますよ。みんな、もともとはレースをやっていたりオフロードのコースを走ったりしていて、いろんな種類のバイクに詳しい人たちなんですけど「ハーレーいいね。壊れないし面白い」と言ってくれるようになりました。

ーこれからラフ&ロードはハーレー色が濃くなるのでは?

水沢 ●頑張ります。ハーレーに合ったグッズの開発はどんどん進めています。黒いレインスーツなどはその流れで生まれた製品ですね。これまでは雨の夜に目立たないので、黒いレインスーツはタブーだったんです。でも、最近はそういうモノを好むお客さんが増えてきてラインナップに入れました。その代わりに反射材を用いるなど安全面にも配慮をしています。非常に便利なのにハーレーではあまり使われることがなかったタンクバッグも、ハーレーに似合うコンパクトな格好の良いものを開発して販売してます。

ー水沢さんは、それをフル装備してツーリングに行っている訳ですか。

水沢 ●当たり前です(笑)。テストライダーですから(笑)もともと長距離のツーリングが好きで、荷物満載で北海道を1ヶ月旅するなど、昔はアチコチへ走りに行っていました。この仕事をしていると「ラフ&ロードの製品を使って北海道を走り、こんなイイことや楽しいことがありました」なんて写真付きで頂けたりするんですよ。自分が北海道を走ったわけではないけど一緒に行ったような気持ちになれて、すごく嬉しいですね。

ー今の仕事をはじめて、ハーレーとの付き合い方は変わりましたか?

水沢 ●日常の足ですね。通勤も遊びもすべての足がハーレー。故障してもすぐに直し、いつでも走ることができる状態にしています。カスタムは気が向いた時に少しだけやるくらいで、常に走ることの方が大事なんですよ。

MCが与えてくれたのは仲間だけでなく
自分の生き様への意識をも高めてくれた

ー水沢さんは以前から、MCに所属されているとか。

水沢 ●初めて入ったのは二十歳くらいの時で、まだラフ&ロードに入る前でしたね。それまでは一人で走るのが好きだったんですけど、ちょっとした縁があって入ることになりました。

ーどんなMCだったのでしょうか?

水沢 ●僕が入ったときは15人位いて、バイク以外の共通の趣味もあって連帯感が強かったですね。当時はみんな国産アメリカンに乗っていたんですが、僕ら数人の最年長組が「やっぱりハーレー」って話になり、徐々にハーレーが増えていきました。最初にハーレーを買ったのは僕で、5速になって間もない頃の883を買いました。

ーなぜスポーツスターを?

水沢 ●正直に言うと安かったから(笑)。当時は30~40万円くらいで、中古車がたくさんあったんですよ。雑誌などでものすごく勉強したためか「ハーレーはビッグツインじゃなきゃダメだ」や「ショベルヘッドじゃなきゃダメ」などと頭でっかちになっていた部分もありました。でも、当時はまだショベルに乗る自信がなかったし、とりあえず乗ってみないと何もわからないだろうって。それで手頃だったスポーツスターを買ったんです。

ー883の第一印象を覚えていますか?

水沢 ●やっぱり音がよくて感動しましたね。周りも僕に影響され、僕に続いて5~6人がハーレーを買ったほど。僕だけではなく周りを巻き込むほどの感動がありました。それからは大変です。クラブハウスでみんながハーレーをイジリだして、カスタムしているんだか、壊しているんだかわからない感じ。僕は、フロントを伸ばしてロボハンを付けていました…すごく不評でしたけど(笑)。

ー自分たちでカスタムしたハーレーで一緒に走るのは楽しいですよね。

水沢 ●毎月必ず10台以上で走りに行っていました。やっぱり大人数でのバイクライフは楽しかったですね。いろいろな面で僕の幅を広げてくれました。

ー具体的には、どういうプラス面があったんですか?

水沢 ●仕事だけをしていたら見えないモノを見ることができ、出会えなかった人に出会えたことでしょうか。それが仕事に活きる部分は大きいですよ。知り合いの洋服屋に行くと、知らなかった素材や流行を知ることができますし、見たこともないデザインに刺激をうけるなど。あと、いろんな人と接して、それぞれの仕事に対する考え方にも影響を受けました。

ーところで、水沢さんはラフ&ロードではどんな仕事をしているんですか?

水沢 ●役職は営業主任。肩書きは営業ですが、企画も開発も兼任しています。詳しくは言えませんが今、僕はハーレー用のパーツを開発しているんです。どんなものなのかはまだ秘密ですよ(笑)。

ークラブと仕事とバイクばかりで、家族から理解があるんですね。

水沢 ●妻には感謝しています。たまに夜中に出ていく時には舌打ちされることもありますが(笑)。そういう時は空気を読んで「次の日曜日は子供見るから好きなところに行っておいで~」みたいにフォローするようにしています。息子は3歳の時に初めてハーレーの後ろに乗せました。もう5歳になってハーレーにも慣れ、普通に乗れるようになっています。毎月息子を床屋に連れて行く日になると「パパ今日はバイクで行くの? クルマで行くの? 僕はバイクがイイ!」って。

ー家族みんなにハーレーが認められている感じで、羨ましいですね。

水沢 ●親父にはいつも「いつハーレーを降りるんだ?」って言われています。子供がいるから、僕が死んだら困るから言ってくれているんですけどね。でも僕が小学校の頃、親父はパンチパーマにレイバンのティアドロップ(西部警察で石原裕次郎や渡哲也が使っていた)でアメ車を乗りまわしていたんですよ。しかもそんな格好をしている理由は「同じ価格で一番偉そうだから」って。今考えると格好イイ親父だったのかもしれませんが、当時はそれが嫌でものすごく反発していましたね。親父はアメ車好きだったのにハーレーは好きではなくて、僕がハーレーを好きになったのは親父への反発も少なからずあるんですよ(笑)。

ー親父さんのアメ車好きがこうじて今の水沢さんがあるとか?

水沢 ●それは言い過ぎですが、親父には感謝しなければいけないかもしれませんね。そんな環境があって、アメリカ製の乗り物に興味が湧いたんでしょうね。今はメンバー7人で新しいクラブを運営していますが、皆が家に来ても可愛がってくれて、いろいろ助けてくれていますから。

ー家族とMCと仕事と、毎日忙しそうですね。

水沢 ●そうですね。昔は会社にいる時は「ラフ&ロードの水沢」がいて、一歩会社を出るとスイッチが切り替わって、という感じだったんですけど、最近は変わってきました。昼間でも夜でもいつでも、どんな状況でも普段から自分を磨いていようと。だから仕事でもプライベートでも、みっともない真似は見せたくありません。MCの存在は大きいですね。本業がどっちだかわからないくらい、真剣に取り組んでいます。もちろん、仕事も以前よりも一層真面目に取り組んでいますよ(笑)。

プロフィール
水沢 信宏
32歳、ROUGH & ROAD 本社営業主任。XLH883、エボリューションのFXDを経て、現在は2002年式FXDXTを所有。9年前に入社したラフ&ロードでは、当時は唯一のアメリカンモデル乗りということで、当初は変わり者扱いされていたという。

Interviewer Column

モーターサイクルクラブに真剣に取り組む業界人として、そのスタンスやメンタルなどをとても興味深く聞かせてもらった。いちメーカーの牽引者として、いちMCのメンバーとして、そして家族を守る一家の大黒柱として日々活躍する水沢さん。そのすべてに真剣に取り組んでいるのが、声を聞いているだけで伝わってきた。その熱意に、私も見習わなければと考えさせられる。私もそうだが、片意地を張って頑張るのは近い将来で終わらせ、少しだけでもリラックスして仕事とプライベートを満喫していければと思う。それまではお互いに精一杯頑張りましょう。ただ、大前提に置かなければいけないのは“家族を大事に”ですね。(佐々木孔一朗)。

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