VIRGIN HARLEY | 吉田 聡(ハーレーダビッドソンバルコム杉並店) インタビュー

吉田 聡(ハーレーダビッドソンバルコム杉並店)

  • 掲載日/ 2008年08月26日【インタビュー】

ハーレーインタビューの画像

アメリカでの経験を活かし
メカの働く環境を良くしたい

今回ご紹介するのはハーレーダビッドソンバルコム杉並の店長と全店舗のサービス部長を勤める吉田 聡さん。この人の噂は何年か前から耳にしていた。「バルコムに2度アメリカ留学をしたメカニックの人がいるよ」と。身の回りに渡米した経験を持つメカニックは何人かいるが、2度も渡米した人は一人もいない。海外で学んだり、働いたりする機会は本人が願ってもなかなか得ることはできないもの。情熱を持ち、準備を進め、チャンスを待つ。そうやってはじめて適うことだと思う。それを2度も適えた人にぜひ会って話を聞いてみたい。そう思い取材に伺った。

Interview

日常生活のすべてが
新鮮だったアメリカ生活

ー最初のアメリカ渡米前はレースメカニックをやっていたとお聞きしました。

吉田●国内A級ライダーだった友人のサポートでレースメカニックをやっていたんです。レースメカニックが仕事だったわけではないですよ。学生だった頃は僕もミニバイクのレースをやっていたのですが、周りのレベルに追いつかなくなり、僕は友人をサポートする側に回ったんです。

ーサポートする側と言っても、各地を転戦するわけですから負担も大きいでしょう。

吉田●友人と約束していたんですよ。国内A級に上がったらメカニックとしてサポートするって。アマチュアだとライダー兼メカニックの人が多いですが、一人で何でもやるのは大変ですからね。僕は整備の専門学校を出てからスズキの販売店に勤務していたんですが、友人をサポートすることになってからは仕事を辞め、アルバイトをしながらレースシーズンは各地を回っていました。

ーレースのサポートを辞め、アメリカに渡ることになったきっかけは?

吉田●友人は3年くらい国内A級で頑張ったのですが芽が出ず、引退してしまったんです。それが25歳くらいのときの話。レースメカニックとして情熱を捧げていたものが一段落し「次は何をしよう」と悩んでいたのですが、そんなときに思い出したのがスズキ販売店時代の店長、今でも恩師として慕っている人から聞いたアメリカの話でした。

ーどんなお話でしょうか。

吉田●その店長は、以前アメリカに住んでいたことがあったんです。仕事の合間にそのときの話をよく聞いていて、いつのまにか影響を受けていたんですよ。なかでも「観光で行くアメリカと、現地で生活するアメリカは違う。どうせ行くなら向こうに住んだ方がいい」という話がずっと頭に残っていて、それを実行してみよう、と。

ーただ渡米するだけではなく、MMIに入学することにしたのは、ハーレーを学びたかったからでしょうか。

吉田●長期滞在ビザでは学生ビザが一番取りやすかったから、それがMMIに入学したきっかけでした(笑)。アメリカの雑誌を見ていて見つけたのがMMIだった、というわけなんです。ハーレーコースを選んだのは「せっかくアメリカで整備の勉強をするんだから、アメリカ生まれのバイクを学ぼう」というあやふやな動機からでした。国内4大メーカーのバイクのことはそれまでの経験からある程度わかっていましたし、ハーレーはMMIをサポートしている唯一のメーカーでしたから「深いことまで学べるだろう」と。

ーそれまでハーレーに乗ったり、触ったりした経験は?

吉田●90年式XLH883に一度乗ったことはありました。でも、第一印象はあまりいいものではなかったんです。同じ年式の国産バイクと比べると、エンジンをかけるときは騒がしく、走りだしても曲がらないし停まらない。走っているときに部品が飛んでいったこともあって、まさか将来ハーレーを仕事にすることになるなんて夢にも思ってもいませんでしたよ(笑)。

ーいざ、MMIでの勉強をスタートさせて、言葉の壁などは大丈夫でしたか。

吉田●25歳で決心して、お金を貯めてから27歳で渡米したのですが、その前にもう少しちゃんと英語は勉強しておいた方がよかったですね。でも、授業での英語は日常生活ほど苦労しませんでした。バイクの専門用語ってそもそも英語が多いですから。日本と発音は違うものの、慣れれば何の話をしているのか、なんとか理解することはできたんです。

ーハーレーコースのカリキュラムはどのようになっているのでしょう。

吉田●ハーレーコースとは言っても、最初はどの学科も共通の「セオリー」と呼ばれる座学の授業からはじまります。バイクの基本的な仕組みや各パーツの役割などについて、です。日本でメカニック経験があり、セオリーでは苦労することはありませんでしたね。そこでいくつかの試験をパスしてからハーレー整備の専門課程に行くので、向こうの生活に慣れたり、ハーレーの基本的な知識を身につけたりする余裕は何とかあったんですよ。

ー現地の学生に混ざって学んでいて、大変だったことは?

吉田●講師が英語のスペルをよく間違うんですよ。アメリカ人って、あまりスペルミスを気にしないようで…。英語に長けた人なら「スペルを間違えているな」とすぐに気づくのでしょうけれど、僕は間違えたスペルで辞書を引く。だから単語の意味がわからない…。あれには苦労しました(笑)。

ーMMIには吉田さん以外に日本人の学生はいましたか?

吉田●5,6人いましたね。みんな「ハーレーが好きで、ハーレーのことを学びたい」という動機できた人ばかり。だから、最初は僕だけちょっと浮いていたかもしれません。でも、ハーレーのことを学ぶにつれ、最初は古臭いと思っていた構造も整備性がいいことに気づいたり、それまでスペックばかり見ていたのにテイストの良さを感じるようになったり、徐々にハーレーの魅力に引き込まれていきました。

ー学校に通っていると忙しいと思いますが、学校以外のプライベートは満喫できたのでしょうか。

吉田●時間的に厳しかったのもありますが、ギリギリの予算で渡米していたので、遊ぶ余裕なんてありません。でも、特別観光なんてしなくても、あらゆる環境が日本と違うので、例えば公共料金を払いにいったり、スーパーで買い物をしたりするだけでも、新鮮な経験でしたね。

厳しい環境でどう評価されるのか
それが知りたかったメカニック留学

ーMMI在学中にハーレーを仕事にしようと思いはじめたんですよね。

吉田●学校で学んだ知識は現場で実践しないと意味がありませんから。ハーレーのメカニックとして働くことは帰国前に決めていました。

ー吉田さんは岐阜県出身なのに、広島が拠点のバルコムモータース(以下、バルコム)で働くことになったのはなぜでしょう。

吉田●日本を出て遠いアメリカで生活していたので、日本国内だったらどこで働くことになっても遠いとは思いませんよ。それに、自分の地元であることより、自分が働いてみたい環境が揃っていることを重視していたんです。

ー働いてみたい環境とは?

吉田●できるだけメカニックの仕事に集中できるところを探していました。日本では「店長」兼「営業」兼「メカニック」みたいな職場が多いですが、そういう環境は以前経験していたので、次はアメリカに近いやり方のところで働いてみたいな、と。上手い具合にバルコムで求人が出ていて、希望通りメカニックとして勤めはじめることができました。

ー6年ほどバルコムに勤めて、また再渡米するわけですが、それはどういった経緯で?

吉田●現状に不満があったわけではないんです。バルコムはかなり忙しかったですけれど、かなり好きにやらせてもらえましたし。メカニックとして経験を積む以外にもマネージャーという立場で、メカニックが働きやすい環境をどう整えていくのかも任せてもらえるようになっていました。でも、ある程度年数を経て「メカニックとして今、自分はどのレベルにいるのだろう」という疑問が湧いてきたんです。日本にいると、アメリカほどシビアに自分が評価されることはありません。だから、アメリカの厳しい環境に身を置いてみて、自分がどう評価されるか、を知りたくなったんです。向こうのメカニックが働く環境を生で体験して、それを日本にフィードバックできれば、という思いもありました。

ー2度目の渡米は学生としてではなく、向こうのディーラーに勤めたわけですよね。勤務先はどうやって探したのでしょう。

吉田●最初の渡米時にお世話になったAZSSの渡辺さんという方が「メカニック留学プログラム」というビジネスをはじめていて、そこにお世話になりました。日本である程度経験があるメカニックが、アメリカでメカニックとして収入を得ながら向こうやり方を経験するプログラムです。それを通じて、アリゾナ州のアローヘッドというディーラーに勤めることになりました。日本からレジュメ(履歴書)を送り、現地では面接らしいものもなく、すぐに勤務開始です。面白かったのが入社前にドラッグテストを受けさせられたこと。日本の会社で薬物検査なんてすることはあり得ませんからね。そういうところに「またアメリカに来たんだなぁ」と感じさせられました。

ーアローヘッドではいきなり第一線で働き始めたのですか?

吉田●メカニック歴はそれなりにありましたから。リフトを2つ自分の作業スペースとして与えられて工具が揃ってすぐに仕事ははじまりました。でも、最初に与えられた仕事で僕の技量を測ろうとしていましたね。アメリカではメカニックに仕事が割り振られるときに、どんな整備か、どのくらいの時間がかかるか、お客さんからどれだけの料金をいただくか、が作業指示書ですべて指定されているんです。たとえ、どれほど正確に仕事をしたとしても、時間がかかりすぎていたら非効率的とされます。そうやって仕事をこなして評価されていくと、割りのいい仕事を回してくれるようになるんです。

ー基本給のようなものはないのですか?

吉田●いくらの仕事をどれだけこなしたのか、によります。だから、月によって収入に違いがあるんですよ。厳しい冬がある地域のディーラーでは、冬にはメカニックの数を減らす、なんてこともあります。ただ、メカニック側もより条件のいい職場に移ることは当たり前で、ディーラー側だけが働く人間に厳しいわけじゃなく、そういうカルチャーの国なんですよ。

ー日本の職場と仕事の進め方が違うと感じたことは?

吉田●メカニックはメカニック以外の仕事をすることはありません。店頭で接客することもなく、お客さんとの整備内容の打ち合わせや、仕事の割り振りも別のスタッフが担当します。驚いたのは、作業をする人間がオイル交換で出た廃油を捨てたり、作業スペースの掃除をしたりしなくていいこと。それ専門にやる人がいるんですよ。日本人的な感覚だと「そこまでやってもらうのは申し訳ない」と思いますが、アメリカでは「そんなことをやる時間があるなら他の作業にかかってくれ」という考え方なんです。

ー吉田さんの経験が思いのほか評価されたことなどは?

吉田●アメリカのメカニックはキャブレターセッティングの経験が少ない人が多く、その経験は重宝されましたね。今でこそ、すべてインジェクションモデルになりましたが、当時はまだキャブレターモデルがあった時代。でも、アメリカでは販売される車両のほとんどはインジェクションが選ばれることが多く、キャブレターを触る機会が日本に比べ圧倒的に少ないんです。純正キャブでそうですから、社外キャブレターのセッティングなどは滅多にする機会がない。僕は日本でキャブレターもかなり触っていたので、その経験はかなり役立ちました。

ー日本では見ないような、とんでもないカスタム車両なども整備に入ってきたのでは?

吉田●カスタムがスゴイ車両より、信じられないようなポジションの車両を整備したときに驚かされました。フォワードコントロールに恐ろしく高いエイプハンドルがついていて「どんな巨漢のオーナーが乗っているんだ??」とビックリしたことがあります。整備後に試乗しようにもポジションが遠すぎて、別のスタッフに代わってもらったほど(笑)。アメリカの巨漢は信じられないくらい大きいんですよ。ハーレーの丈夫なフットボードを、普通に乗っているだけなのに体重で曲げてしまった人も見たことがあります。なぜハーレーがあれほど頑丈に作られているのか、各部のパーツがなぜあれほどオーバークオリティにできているのか。日本人からすれば規格外のサイズの人たちが乗るバイクなので、あれほど大丈夫に作られていることを、アメリカで働いて実感できました。

ー日本ではできない、いい経験ができたようですね(笑)。帰国後はバルコムに戻ってきて、今は全店舗のサービス部長というポジションについていますが、バルコムのメカニックの環境を良くするのに、アメリカの経験は活きていますか?

吉田●間違いなく活きています。ただ、アメリカのやり方をそのまま日本に導入するようなことはしていません。「効率よく働く」だけならアメリカのやり方は優れていますが、契約形態や国民性、あらゆる環境が日本とは違う国のやり方ですからね。日本的な良さを捨てることはしません。日本とアメリカのやり方はどちらも一長一短で、どちらが優れている、というわけではないんです。だから、日本とアメリカの間を取っていくやり方で少しずつ環境を良くしていっています。メカニックが効率的に働けるだけではなく、メカニックが気持ちよく、長く働けるような環境づくり。まだ自分が学んだことを100%生かせているわけではありませんが、これから先も自分の経験をフィードバックしていきたいと思います。

プロフィール
吉田 聡
38歳、2002年式FLTR所有。27歳でアメリカに渡り、メカニック専門学校MMIでハーレーを学ぶ。日本帰国後にバルコムモータースに勤務し、アメリカへのメカニック留学を経て、現在はハーレーダビッドソンバルコム杉並の店長および全店舗のサービス部長を勤める。

Interviewer Column

このサイトは一般の読者も見ているが、各地のショップスタッフやメカニック予備軍の人たちに見られていることが多い。吉田さんが2度も行ったアメリカでの経験はそういう人たちにとっては羨ましい経験になるだろう。ただ、文化の違う国で何かを学ぶ経験は楽しいことばかりではないようだ。精神的にも体力的にも充実していること、何にも負けない情熱があること、いろいろな条件が揃っていないと目的を達成することはできないだろう。吉田さんはアメリカ時代の話をひょうひょうと話してくれたが、「行くなら若いウチに行っておいた方がいい。もう一度行けと言われても…もう体力が持たないかも(笑)」とも言っていた。体験談を日本で聞く分には楽しい話だが、実際にアメリカに行き、自分で決めた目標をやり遂げて帰ってきたのはスゴイことで、誰にでも真似できることではない。(ターミー)

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