VIRGIN HARLEY | 渡米の準備編 芦田 剛史のUSAディーラー・トレーニングダイアリー

渡米の準備編

  • 掲載日/2006年07月07日【芦田 剛史のUSAディーラー・トレーニングダイアリー】
  • 執筆/芦田 剛史
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本場ディーラーでハーレーを学ぶ USA Training Diarys 第2回

簡単に取れない就労ビザ
ワタシ、渡米できるのか?

お久しぶりです、メカ芦田です。アメリカへの渡米を決め、その準備をはじめた頃のことを今回はご紹介いたします。

「よっしゃ、明日からアメリカに行く準備をするぜ!」という時、皆さんならまず何から始めますか? 私が準備を始めたのが今から調度3年前。当時の私は、アメリカに滞在するためのビザや渡米手続き、語学力などさまざまな要素を、全くといってもいいほど持ち合わせていませんでした。そこで、まずはインターネットで(何かわからないことがあると、すぐインターネットで検索してしまうワタシはネット依存症かも)検索を掛けて情報収集を始めました。

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いろんなサイトや渡米されている方のホームページが沢山ヒットしましたが、はっきり言って何がなにやら訳がわかりません。と言うのも、ビザを取って働いている方々がそれはもう社会的にも偉い方々ばかりで(笑)。私のような人間には参考になりません。「就労ビザを取ることは…とてつもなく難しいのかも…というよりも、むしろ不可能」と感じてしまいました。興味のある方はインターネットで調べてみて下さい。ホントわけがわかりませんから。この時点で途方に暮れてしまいましたが、立ち直りが早いのが私のいいところ。知り合いを通じ、さらに情報をかき集めはじめました。そして掴んだ情報が「ワーキングホリデー」、「インターンシップ」という2つのキーワード。このキーワードを知るためだけに2、3ヶ月もかかってしまった私は…ひょっとして要領が悪い? 日々の仕事をこなし、少ない自由時間を使っての情報収集でしたので「よくがんばったぞ、ワタシ」と思うようにしましょう。…とにかく行動の前に大切なのはやっぱり情報収集! ハーレーの故障診断の際でも問診、現象確認などの作業前の情報収集は必要不可欠です。それ無しで作業しなければならないことがアメリカではほとんどですが(笑)。

メカニック留学プログラム
この出会いからすべてが進みはじめます

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アメリカでの就労ビザを取ることは、メカニックという職業ではまず不可能ということがわかりましたので「ワーキングホリデー」、「インターンシップ」この2つの方法での渡米を画策しはじめました。しかし、ワーキングホリデーはアメリカには適用されていない、ということがわかり、この線は消えてしまいました。そこでインターンシップでの渡米ができないか、情報収集を進めるも、完全な個人で準備を進めるのはかなり困難なようです。途方に暮れ、頭を抱えていた私に、当時の先輩(今も大切な先輩ですが)が一つの架け橋を下さいました。アメリカでメカニックとして働けるプログラムを運営している会社があり、それを利用し実際にアメリカで働いているメカニックが居るということを! その会社は 「AZSS」 といいます。こんな便利なプログラムがあるのなら、これを使わない手はありません。早速メール送って問い合わせをしたところ、「メカニックアメリカ留学プログラム」はプログラムとは言え、容易な内容ではないということがわかりました。参加者の自主性が重要となる、行動力が求められるプログラムのようです。興味がある方は詳しくは「AZSS」のホームページをご覧下さい。

私はそのプログラムに参加することを決意しました。プログラムとは言え、日本での準備は当然ながら私が行います。ここにも結構大変な準備が私を待っていました。本場のショップで働くのには欠かせない、そう『英語』です。「ああ、なんてこった。ワタシはまったく英語が話せない…!」(笑)。アメリカで働く気満々だったワタシには大きな障害です。アルファベットのKの次を思い出すのに、Aから順番に言わないと分からないくらい話せません(笑)。そこで毎週休日は英会話学校で過ごすことに決めました。受付のお姉さんが結構可愛い方で、それも大いに励みになりましたが、私の目標はその受付嬢ではなく、英語を学ぶこと。努力の甲斐あってか、しばらくすると初歩的な会話は話せるように! 少しアメリカが近づいたような気がしてきます。次に学生ビザの申請を行います。なぜ学生ビザかというと、渡米後にいきなりショップで働くのではなく、まずは語学学校に通い、その後にメカニックとして働くスケジュールを選んでいたからです。アメリカ領事館での面接は無事終わり、後日ビザが郵送で送られてきました。いよいよ出発の日が迫ってきます。

不安は誰でも感じるもの
それでも一歩踏み出すのが大事

日本を発つ日が決まり、その日が刻々と近づくにつれ、次第に不安が高まりはじめます。そういうことは性格的に表に出さない方なので、周りは気付かれなかったと思いますが…。実は出発直前はかなりナーバスで、毎日下痢続きでした。こんな精神的に弱いところがある私は、アメリカで修行するような器ではないのかもしれません(笑)。

出発の前日は両親を食事に誘いました。両親を食事に誘ったのは実は人生で2度しかありません、貴重な1回でした(帰ったらいっぱい誘います)。出発の当日、地元のバス停から関西国際空港に向けて1人でバスに乗り込みます。何だかヘッドフォンから流れるBGMがしみじみ聞こえてきます。実は私、今回が生まれ育った町を出る初めての機会でした。なので遠ざかってゆく見慣れた景色が妙に名残惜しく、子供の頃の自分を思い浮かべ「アメリカに行くのかぁ…随分成長したもんだなぁ」と大袈裟なことを考えてしまいました。…随分古臭いドラマのようですね、メカニックのコラムとは思えなくなってきました(笑)。

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空港に着いてからも相当な緊張と不安に襲われました。空港で「このまま家に帰ろうかな」と思ってしまったくらいです。しかし、飛行機が地上を離れアメリカへと飛び始めると、もうどうしようもありません。すっかり諦めて機内映画に見入っていました。私だけでなく、皆さんも“初めて”のことを始める瞬間は多かれ少なかれ不安を感じるのではないでしょうか? あくまで普通の人が基準ですが(笑)。不安を感じた上でもう一歩を踏み出す勇気が人生を切り開いていくのだと思います。挑戦が辛い物でもあることは不動の事実ですが、それを踏まえて最初の1歩を踏み込めるかどうか、がとても大切に思えます。「やっぱ面倒だぁ」と思って止めてしまえば楽ですが、それでは何も変化が起きないのでは? と思います。こんなノミの心臓の私でも何とかがんばることができています。ですから世のがんばり屋の皆さん、その気なれば何でも出来ますよ!では次回もお楽しみに。

プロフィール
芦田 剛史

26歳。幼少からバイクと車に興味を持ち、メカニックになることを誓う。高校中退後、四輪メカニックとして4年の経験を積み、ハーレー界に飛び込む。「HD姫路」に6年間勤務、経験と技術を積み重ねたのち「思うところがあり」渡米を決意。現在はラスベガスHDに勤務。(※プロフィールは記事掲載時点の内容です)

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